「人を見た目で判断するorしない」の議論自体が傲慢な件。

 

こんにちは!サイキです(^_^)

 

昨日、近所のびわ湖ホールで行われたラ・フォル・ジュルネというイベントにて

クラシックのコンサートを観に行ってきました!

ラ・フォル・ジュルネびわ湖ポスター2017

 

クラシックのコンサートは人生初でした。

しかし、今までロックのコンサートは何回も行ったことがあったので、

 

「ビールでも飲みながらほろ酔い気分で音楽に浸るか(^_^)」

 

なんて考えていましたが、実際コンサートが始まるとビール飲むなんて絶対無理!!!爆

 

 

どんな些細な事ですら未来を予測できませんよ^^」

 

と日頃常々お伝えしている僕でも、「プシュッ」という音をさせた瞬間、

会場中の皆様から大ひんしゅくを買う光景が臨場感を持って満ち満ちと想像できましたwww

 

ド素人が言うのも何ですが、音が完成されすぎてて他の音が入る余地が一切ないww

だから咳なんてもってのほかで、パンフレットをめくる音ですらも音楽のクオリティを下げそうで…

 

とにかく観てて疲れました!www爆

 

というわけで音楽的なシェアは全く無いですけど人生を丁寧に生きるという視点で

気付きがあったのでシェアしたいと思います~*\(^o^)/*

 

人を見た目で判断するのは良い事?悪いこと?

 

今回観たのは「カルミナ・ブラーナ」

最初の出だし10秒聴いてもらえれば

「あーーーー!!!この曲聞いたことある!!」ってなると思います。

僕はなりましたww

 

これを演奏する方々の編成は、

・指揮者

・オーケストラ

・合唱団

・独唱3人(女性1人男性2人)

でした。

 

多分ww

知識がないのでこの言い方で良いのかわかりません(^o^;

 

で、いよいよ講演が始まりました。

 

 

なんせクラシックのコンサートなんて初めてなもんで

「これがクラシックのコンサートか~!女性歌手の声域と音量やべえええ」

とか思いながら観てたわけです。

 

 

そしたら、他の独唱の男性歌手2人が舞台にでてきました。

 

 

でね、片方の男性が全然やる気あるように見えないんですよww

なんか椅子に浅く腰掛けて背もたれに大きくもたれてふてくされてる様子。

 

もう一人の男性歌手の方がずっと歌っててその人は舞台に上がって20分ぐらい座ったまま。

 

僕「おいおい。この大舞台でマジか。主役じゃなくてひねくれてるのかな?嫌なら出なきゃいいのに。てか舞台上でわざわざ態度に出すなよ。」

 

ぐらいに思ってたんです。

 

そしたらね、その人がふてくされた様子のままスッと立ち上がったわけですよ。

気だるそうなまま、でも、何かが憑依したように力強く歌った後、椅子にバタンッて倒れたんですよ。

 

その瞬間、ふてくされてた様子の謎が氷解しました!

 

「ああああああああ!!そういうキャラ設定だったんだ!!」

 

って。

 

 

 

後から聞いた話なんですが、

歌詞は全部ラテン語らしくて、合唱団の方でもなかなか覚えられないらしいですw

 

だから、ド素人の僕が、ストーリーなんて知るはずもないんですが、

目に見える部分だけでこの男性歌手を判断していた自分をとても恥じました(T_T)

 

拍手大喝采で舞台が終わった時、

この男性歌手は満面の笑顔で演者そして観客に向けて手を振り、お辞儀をしていました。

 

 

僕たちは常に最適な選択をしている

 

さて、このコンサートが終わった後、最近通いだしたバーに行ったんですよ。

 

この日はGW前日ということで、

何やら、明日の自転車びわ湖一周が目的で、はるばる横浜から大津まで来た男性が居ました。

 

僕はちょうど先日、びわ湖一周を終えたので

(参考:当日買ったクロスバイクでビワイチ完走~マイペースで生きる覚悟~

最初は、僕の経験を踏まえびわ湖一周について話していました。

 

でも、途中から、「お金とは何か?」「人生に正解はあるか?」みたいな答えのない哲学的な話になって

気付いたら3時間弱、その男性と会話しておりましたwww

 

正直、話し始めた時は、「GWを楽しみに来た会社員」ぐらいにしか思っていなかったです。

 

ただ、お互いの「”お金”や”人生”に対する解釈」に対する意見を交換し合う事が

とても楽しく、気付いたら3時間弱も話していたんですw

お互いがお互いの意見を尊重した上で、議論をすることができてとても有意義な時間だったと、僕は思います^^

 

 

さて、少し話が逸れます。

 

そして、誤解を恐れず言います。

 

気分を害する方がいると思いますが、まぁ生暖かい目で見てやってくださいww

いちおう、僕も3年間会社員として働いた経験があり、この経験を踏まえたものですので、1意見として聞いてくださいね。

 

 

僕は正直、会社員の方に対して良い印象を持っていません。

何故なら、嫌々やっている方が大半だからです。

 

「親を安心させたい」

「お金がないと食っていけない」

「家族を養わないといけない」

「今自分が会社から抜けると会社に迷惑がかかる」

 

とかこういうこと言う人が大半だからです。

 

こういう人達に言いたい。

 

「いや、でもそれあなたが自分の人生を全うする覚悟で決めた決断でしょ」

 

って。

 

別に捕虜として捕らえられて強制労働を強いられているわけではないじゃないですか。

極端で究極的ですけど、「働くor働かない」という問いの前に「働かない」という選択もできるわけですよ。

それなのに、働くことを強いられているように、なんで自分の外に責任を置いてるのかなって思います。

 

この選択の自由がある上で、「働く」ということを決断したのであれば、

自分の内(自分の決断)に責任を置かない限り、話が前に進まないと思うのです。

 

 

確かにお金がないと、一般的な生活はできないし、家族も養えませんよ。(生きてはいけるけど)

 

例えば僕が、こういう前提を持っていたとします。

前提(例):マンションに住んで、スーパーで買物をして、たまには友達とも旅行に行く人生を歩みたい

 

この前提の上でなら

当然、お金が必要なのでフリーターだろうが会社員だろうが、お金を得るために働きます。

 

でも、同じ前提で、貯金が3億ぐらいあったら、働くという選択を選ぶ可能性は限りなく低いと思います。

 

何が言いたいのかというと、

別に「愚痴を言いなさんな」とか「不満を言いなさんな」とかつまらないことを言うつもりはなくて、

僕たちは個人個人に与えられた状況の中で、その都度、選択をしているだけなんですよ。

 

そして、その選択に正しいも間違っているもなくて、

あの選択が良かった、こっちの道に進んでおけばよかったっていう後悔もなくて、

皆その時々、状況に応じて「最適な」選択をしているんです。

 

だから、最適な行為をしたのに、

この行為について愚痴や不満を言ったり後悔したりするのってなんだか奇妙じゃないですか?

 

 

時に、驚くような決断をする人がいますよね。

バックパック1つで世界一周に出かけたり、

安全ロープもなしに身体1つで崖登りに挑戦したり。

 

でも、これもね。

当人が当人のその時の状況で決断した「最適な選択」に過ぎないんですよ。

 

単なる選択の1つであり、本質的には「会社員になる」って選択と同じなんですよ。

 

どちらとも自分の状況に応じて、同じ「最適な選択」をしたんだから、そこに優劣はないんですよ。

 

だから、

自分の(最適な)選択を他人の選択と比較したり、過去の選択を振り返ったり、未来の選択を予測したりして

愚痴や不満を言ったり後悔したりする必要なんてないのになぁと思うんです。

 

そういうわけで、自分の「最適な選択」に対して愚痴や不満を言う割合が多い会社員の方々と接する時、

僕の中ではどうしても一種の悲観的なフィルターを通して接するわけです。

 

あ、誤解のないように言っておきますが、

別にこの話は会社員の方たちだけに限りません。

 

例えば今回のコンサートの指揮者は紫綬褒章を受賞したような方ですが、

万が一、その方が「くそー指揮者になんてならなきゃ良かった」と自分の最適な選択を後悔しているようであれば

僕にとっては魅力的な人には写りません。

全力でホームレスをやっている方のほうがよっぽど魅力的です。

 

 

 

と、かなり長くなってしまいましたが、こういう考えもあって、

バーで出会った男性に対して、最初は、あまり好意的な印象は持っていなかったんですね。

 

あと、外見が若かったので、僕より年下かと思っていましたが年上でしたwww

 

人間は人を見た目で判断”できない”と思ったほうが成長できる機会が増える

 

ただし、今回の2人との出会い

 

  • クラシックコンサートの男性歌手
  • バーで出会った男性

 

を経て1つの結論めいたものが自分の中に生まれました。

 

それは、

人間は人を見た目では判断できない

 

ということです。

 

英語で言うとニュアンスが伝わりやすいんですが、Can’tです。

もしくはnot able to とか not capable ofとかになるんでしょうか。

 

今、僕の中でいちばんしっくりくるのはCan’tですが…

 

要は、何が言いたいのかと言うと、

人間には”そもそもとして”他人を見た目で判断できる能力が備わっていないし、

それができるようになる可能性すら与えられていない。

 

ということです。

 

時に、「人を見た目で判断するのは良いか悪いか」みたいな議論が交わされることがありますが、

その議論をする時点で、「人を見た目で判断できる可能性がある」という前提があるんですよね。

 

他人を見た目で判断できる可能性を信じることって、他人に対する傲慢さを感じませんか?

不遜とも言えると思います。

 

 

もちろん、この可能性に対する議論の余地はあると思うのですが、

僕の結論としては、

 

「人間は、人を見た目で”判断できない”」という前提を持った方が成長できる機会が増える

 

に至りました。

言い換えれば、成長したい方にとって”判断できない”という前提を持ったほうが都合が良い

 

 

今回、出会った2人の男性にしても、僕がこの前提を持って接していれば

もう少しスムーズに学びを得られたなと思います。

 

僕が今回、「人を見た目で”判断できない”」という前提を持って2人に接していれば

舞台の上で、ふてくされているという見た目で男性歌手を判断することはなかったし

会社員という情報(見た目)でバーで会った男性を判断することも無かったと思います。

 

少なくとも「”判断できない”んだから当人に確かめてみよう」という唯一の正解らしい

目の前の方を尊重した行動をとれたのではないのかな、という自分に対する希望もあります。

 

その上で、自分の最適な選択に後悔しているような人であれば

「僕にとっては魅力的な方ではなかったな」と、そこで初めて判断の余地が出てくると思います。

 

 

はい!!ww

毎度のこと長くなりましたが、以上ですヾ(;´▽`A“アセアセ

 

クラシックのコンサートからはとても遠い話になってしまいましたwww

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます!

 

いつか、あなたの生活の中で、

人を見た目で判断することの良し悪しを論じる機会がありましたら、

 

「そもそも人間には、人を見た目で判断する能力も可能性も無い」

 

という他愛ない1つの意見でも思い出していただければ僕はとても嬉しく思います(^q^)

 

編集後記

ちなみに、公演が行われたのはこんな本格的なホール。

びわ湖ホールって国内でも最高レベルで音響設備が良いらしいです。

びわ湖だけかと思っていた滋賀県、実はめちゃくちゃレベル高い!

 

更に、バーで教えてもらったのですが、

滋賀県大津市って大阪城の天守閣と海抜が一緒のようです。

だから、津波が発生した時、大阪や京都と比較して被害を受けにくいっていう地理的なメリットもあるんですって。

これってよく考えてみれば、当然のことで

水は高いところから低いところに流れるので、大阪や京都より海抜が高くないと水が流れないですもんねww物理的に考えてwww

 

でもこんな当然のことすら知りませんでした(゜ー゜;Aアセアセ

 

テレビの情報とか他人から聞いたこととかで物事を判断すると「もったいない結果」になることが多いですね。

自分で体験して判断する!

これこそ人生を丁寧に生きる方法だと改めて実感しました*\(^o^)/*

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