運命の相手を見つける方法~男は理性で行動し直感で確認する。女は直感で行動し、理性で確認する。~

心を整える

※結構な長文です。もしかしたら、運命の恋人選びの際に参考になるかもしれません…もしかしたら(笑)

 

こんにちは!サイキです(^_^)

 

さて、今日は、ご縁でいただいた仕事のため朝1で大阪へ。

大阪に着いて待ち合わせ場所に向かっている時に、会う予定になっていた方から

「すまん、インフルエンザにかかって一週間出社禁止令が出た…汗」って電話が(笑)

というわけで、朝10時にグランフロントのカフェにてアイスコーヒーを飲みながら佇んでおりました。

 

今日は一日中大阪にいるつもりだったので、一気に予定が空いてしまい

「せっかくだから何か美味しいものを食べて帰るか」ってことで

グランフロントにある飲食店を吟味した結果、これに決めました。

煮魚定食(ビールも頼んじゃった☆)

 

で、ここからが本題です。

僕が座った隣のテーブルから女性の話し声が聞こえてきます。

 

30半ばと20後半ぐらいのスラッとしたキレイなOLさん二人組でした。

どうやら恋バナをしている様子。

 

  • 「あんまり長身過ぎず173センチぐらいがちょうどいい。背が小さいと中身が詰まってて我が強い」
  • 「中指の付け根が膨らんでいる男性は性格が良くない」
  • 「手がしっとりしている男は働いてない。もっと手を動かして手を乾かせ」
  • 「ご飯食べてる時、猫背になってる男はみっともない」
  • 「やっぱりサッカー部ぐらいがちょうどいい」

 

こんな感じの話をしていました。男の僕からしたら

「なんというトンデモ理論でお話されているんだこの人たちは(^_^;)」

って思うわけですよ。

 

あと僕が座った直後に

「そりゃ浮気相手のほうが興奮するよね~~!」って聞こえてきたんですが、

これは発言の経緯が不明。一番気になるのに…w

 

そして、この会話をBGMにしてビールを飲んでると、ふと気付きました。

 

「好き嫌いって単なる解釈の違いじゃん」って。

 

 

この女性たちは目の前に提示された物事に対して、自分なりの解釈をしただけなんですよね。

  • (物事)173センチという背丈の男  →(解釈)背が小さいと中身が詰まってて我が強い
  • (物事)中指の付け根が膨らんでいる男  →(解釈)性格が良くない
  • (物事)手がしっとりしている男  →(解釈)働いてない。
  • (物事)猫背になってる男  →(解釈)みっともない
  • (物事)サッカー部の男  →(解釈)ちょうどいい
  • (物事)浮気相手  →(解釈)興奮する(意図不明)

 

 

あ~でもですね。

 

解釈次第で、その人のことを好きにも嫌いにもなれるんですよ☆

なんて安易な解釈をするつもりはなくて、

「そんなことはわかっているけど、チビで猫背なやつだけは生理的に無理!」ってのもあるじゃないですか。

 

チビで猫背とは何を隠そう僕のことなんですが、それは置いておいて(笑)

今回の記事では、「好き」「嫌い」についてもう少し突っ込んで書いてみますね(^_^)

 

「私が思うに…」それってホントに”自分の”解釈?

 

まずは好き嫌いを決定する”解釈”についてお話しますね。

(解釈の説明のあと、相性→属性→「生理的に無理」状態と順を追ってお話させていただきます。)

 

 

「いやいや、でもある程度の一般的な解釈ってあるでしょ?」

って言いたくなる気持ちわかります。

 

確かにイケメンのほうがいいし、

背も高いほうがいいし

猫背よりかは背筋がピンと伸びていた方がいいし

帰宅部よりサッカー部の方がいいかもしれませんね。

 

 

でもね。無いです。

一般的な解釈なんて無い。

 

別に何センチだろうが猫背だろうが何部だろうが好きならいいじゃん。

 

あなたの解釈があなたにとって一番正しいんですよ。

(※ただし”あなたの解釈”を導くためには経験と努力が必須です。編集後記で詳述しています。)

 

でも何で迷うかというと、

今まであなたが受けてきた教育のせいで、

自分の解釈に自信が持てないよう教育されてしまったんですね。

だから、悩んでしまうんです。

 

 

例えば自分の解釈への自信を失う教育の1つの例として、

中学校か小学校で習った”だまし絵(ルビンの壺とか老婆とか)”があります。

 

あの授業って

「人によって見方が変わるんですよ~」ってことを伝えたいんだと思うんですが、

でもルビンの壷にしたって、老婆にしたって

見方があるとは言え、人か壺か老婆か若い女性かっていう数パターンしかないじゃないですか。

 

この中のどれかが見えたなら正解。多く見えた方が偉い。

みたいな、正解のようなものがそこに存在している気がしてならないんですよね。

 

道徳とかの授業で「多様性を受け入れましょう」なんて、

部落とか障害者とか殆どの人にとって自分ごとにできない例を提示されながら教えられても

それってわかっているようでわかってないんですよね。

 

多様性とか言っておきながら、制限されているっていう(笑)

 

ルビンの壺とか、あと障害者とか部落とかっていう極端な例とか

こういうわかりやすいものが心に残ってしまって、

多様性とか教えられつつ、でも解釈を周りと合わせないと疎外されるという

矛盾を抱えながら多感な幼少・青年期を生きてきたわけです。

 

そりゃ、自分の解釈に自信が持てなくなりますよね。

 

だから、受験とか就活とか結婚とか、

何の疑いもなく「当たり前」として見てしまうんでしょうね。

まぁ結婚は「お前が言うなよ!」って話ですがw 結婚したことないので笑

 

でもね~。もしかしたらルビンの壺が、ライオンに見える人もいるかもしれないじゃないですか。

それでいいのに、「いや、ライオンは違うねんで」って、親とか友達とか教師とか上司から同僚から指摘される。

こういう周りからの小さな解釈の強制を何度も経験して、

その積み重ねの末、解釈に正解があると錯覚してしまうんですよね。

 

 

最近、自分の解釈を取り戻すためにいいんじゃないかな?と思う事が「お酒を飲むこと」です。

まぁお酒を飲むことで普段思ってもない事が…みたいな話もあるんですが、

そう言いたくなる気持ちは僕も凄くわかります。

 

僕だって、お酒に飲まれて牢屋の中で一晩過ごした男です。

(犯罪じゃないよ。路上で寝た末の保護だよ。)

 

でも、今振り返るとこの行動って、

どんだけ言い訳しても自分の”何か”を象徴してたなって思います。

その時の自分に対する不満とか、期待外れというかそんな感じのものです。

 

 

さて、だいぶ話が外れてしまいましたが話を元に戻しますね。

 

要は、僕たちは子供の頃から「解釈の強制」という側面を持つ

教育を受けて育っているがために、自分の解釈を失っているということです。

 

その結果、

「多数決的な解釈をしないと周りから疎外されてしまう」

「多数決的な解釈ができない私はどこかおかしいのかも?」

なんて思って、昼食の時に座っていた隣のOL二人組みたいに自分の解釈の確認をし合うんですね。

 

これって自分の可能性を、自ら他人の枠に押し込めちゃってます。

もったいないですよ(T_T)

 

相性とは解釈の傾向である

 

「結婚は相性だ」なんて言うじゃないですか。

まぁエイプリルフールにびっくりドンキーでカジュアルにフラれた僕が言うのもなんですが、

今振り返って、相性が悪かったんだなって思います。

物事に対する解釈の傾向が全く違っておりました。

 

解釈の傾向が全く違っていたのに、

どちらもどちらの解釈に無理して合わせていたんですね。

 

例えば、僕は、趣味がコロコロ変わるんですが、

僕は「色んな経験が出来ている」と捉えるのに対して

彼女は「一つのことが長く続かない人」って捉えるわけです。

 

また、貯金ということに対しても

僕は「自分のやりたいことをするための手段」と捉えるのに対して

彼女は「何かあった時の備え」と捉えていたわけです。

 

んー…

僕が書いているのでどうしても僕寄りの例になってしまってすみません。

 

でも、伝えたいのは、

どっちが良いとか悪いとかっていう話ではなく、

僕たちは自分の生きてきた経験を通して解釈の傾向が作り上げられていくんです。

 

だから僕は僕の生きた人生なりの解釈があるし、

彼女は彼女なりの解釈があって当然なわけです。

 

ただ、解釈は広げることもできますよね。

人間生きてりゃ否応なしに何らかの経験をするわけですから、

歳を取るにつれ解釈の幅は変わってくるもんです。

もちろん必ずしも広がるわけではなく、小さくなる可能性もありますよ。

 

例えば、服装の色の好みとかね。

昔は、赤を目立つ色、と捉えて好んで着ていたけど、

今は、”無駄に”目立つ色、と捉えて好んで着なくなったとか。

 

で、恋人同士で考えた時、この

解釈の傾向と幅がどれぐらい一致するかというのが相性なんですよね。

 

「属性」が違うとどう頑張っても相性の違いを克服できない

 

そしてこの解釈の傾向と幅を総称して、「属性」です。

 

火と水はどう歩み寄っても混ざることのないように、

元々の属性が違うと、いくら解釈の傾向を調整しようが

幅を広げて相手に近づけようと努力しようが、絶対に交わらないんですね。

 

さて、抽象的な話から超具体的な話へ行きますよー。

 

もともと僕と彼女は、結婚を前提に付き合っていたんですが、

結婚というゴールが既に見えていたせいか、

結婚というゴールを難なく達成しようとお互いの解釈を無理し合う関係にありました。

 

そして、いよいよプロポーズの1ヶ月前、かなり大きな喧嘩をしました。

楽しむ目的で温泉旅館に来たのに、22時前から朝の4時までぶっ通しで口論しましたw

 

そこでわかったんでしょうね。

 

「ああ、ヤバイ。こいつとは相性が合わん。

物事に対する解釈の傾向が違いすぎる。(属性が違う)

こいつと一生共に過ごすのはしんどすぎる」

 

って(笑)

 

前述したとおり、人間は解釈の幅を広げることができるんですが、

おそらく解釈の幅を広げようが、もともとの傾向が違うのでどこまで広げても

僕の解釈と交わることはない。

 

すなわち、こいつとは属性が違うって気付いたんですね。

 

その結果、「無理!」って結論に至ったんだと思います。

 

これが

 

「えー生理的に無理っ!」

 

って状態ですね。

 

すなわち属性が違うことを直感的に察知した結果、出る言葉なんです。

だから、直感が優れている女性の言葉として在るんですよね。

 

 

もちろん、100%相性が合う人に巡り合うのは奇跡に近いです。

どんなに運命を感じちゃっても、少なからず解釈の違いは生じるので、

お互いがお互いの解釈の違いを許容し、上手くやるよう歩み寄りつつ

幸せのために一緒に前進していくのが結婚生活だと思います。(だからお前が言うなw)

 

解釈の違いを

「私に持っていないものを持っている」と捉えるか

「私と合わない」と捉えるかですね。

 

念のため再度言いますが、どっちが良いも悪いもないですからね。

 

あなたにとっては、あなたの解釈が絶対正しい。

 

ただし、正しいと信じたのなら、それに伴う結果を受け止める覚悟は必要ですよ。

コロコロと周りに迎合しないでねってこと。迎合するほうが楽ですから。

(編集後記に”正しい”と言い切る僕の根拠を書いているので読んで下さいね。)

 

男は、論理的?女は直感的?

 

”男性は論理的に物事を判断し、女性は直感的に物事を判断する傾向がある”

 

これって誰しも聞いたことがある言葉だと思うですよね。

もちろん例外はあれど、でもあながち間違っているとも言い切れなくて。

 

さっきも言いましたが、

男性が「えー生理的に無理っ!」なんてなかなか言わないじゃないですか。

これってどちらかと言えば女性の言葉ですよね。

 

なので、

 

(以下、とりあえず付き合ってもいいと思えるルックスはクリアしていて

結婚対象になるかどうかを悩んでいる、という前提で考えて下さいね)

 

 

女性の「生理的無理」って直感は結構当たると思うんですね。

 

多分、何故、生理的に無理って思ったのかを紐解いていくと

→属性が違う(物事の解釈の差が許容できる範囲じゃない)

→相性が違う(物事の解釈がおかしいと感じる)

→嫌い

→結婚できない(生理的に無理だった)

っていうように、

ただ方向が違うだけで論理的に結論に至れると思うんですよね。

 

(と、思うを多用するのは僕は女性じゃないからです。

男性に女性の気持ちはわかりませんので、推測の域を超えられません。)

 

 

反対に男性は、

好きになった相手に対して結婚しようと思う時、

→解釈の傾向:どういう風に物事を解釈するか(笑う、感動するポイントなど)

→自分が歩み寄れる範囲の差か?(属性の一致)

→結婚しよう(生理的に合っている)

ってなります。

 

何が言いたいかというと

女性は、直感で行動し、理性で確認する

男性は、理性で行動し、直感で確認する

ということです。

 

プロセスの入り口と順番が反対なだけで、踏むプロセスは同じなのです。

 

だから、女性を惚れさせる10のテクニックとかで、女性を理論的に攻めても落ちないんですね。

僕が言っても説得力ないかもしれませんが、

こういうのを使って女性といい事しようと躍起になってた時期がありますので(^_^;)

 

そして、これを僕と元彼女の例に照らし合わせて考えると、

生理的に無理だった相手と付き合ってしまったのが、元彼女だったわけです。

 

そしてここまで偉そうなことを言いながら、自分の解釈を失い

彼女の解釈に合わせていたばっかりに属性が違う事実まで至れなかったのが僕なわけで…笑

 

 

運命の相手を見つける方法

 

これを言っちゃうと、「いままで何だったんだ」

ってなるかもしれないんですけど言っちゃいますね。

 

 

このブログで何度もお伝えしている通り、

僕たちは皆それぞれに幸せになる運命にあります。

 

 

イキナリ何!?ってなると思うんですが、まぁ聞いて下さいw

 

そして、これは必ずです。絶対です。

僕たちは皆幸せになるために生まれてきています。

不幸になるために生まれてきた人間なんて1人も居ません。

 

 

でも、誰か決めたかわからない常識とかいう奴がそれを惑わすんですよ。

 

30までに結婚しないといけないとか。

マイホームを持たなきゃいけないとか。

老後のために貯金は最低1億必要だとかね。

 

これにしたがってホントに幸せに生きてる人は、

この謎の常識とたまたま属性が合っていた人だけですよ。

 

で、属性なんてそんなひょいひょい合うもんじゃないんで。

 

どうです?

この常識を信じて行動している人で幸せそうな人います?

居たとしてもどっちかといえば少数派ですよね。

もしくはまだ隠し切れているか、とかそんなところですよね。

 

そしてどちらかといえばこの謎の常識に

囚われていないほうが幸せそうに見えちゃったり?

そしてそれが疎ましくも、少し羨ましかったり?

 

 

まぁあなたがどう思っているかわからないんですけど、

僕にはわかりませんが、

少なくとも僕が思うのは、

 

結婚しなくてもいいじゃん、だし

貯金なんて無くてもいいじゃん、だし

老後まで生きてることが確定してるとか預言者ですか?

じゃあ僕が最短最速で幸せになる方法教えてくださいよ、だし。

 

本邦初公開ですけど僕の姉ちゃんほぼ自給自足の生活してるんですよね(笑)

まぁそんな仲良くないのであんまわかんないですけど、

女子会とやらで、必死の形相で誰やらの悪口言ってる人たちよりは楽しそうですよー。

 

あと僕のフィリピン人の友人だって、お金も無いし職も安定しないけど

毎日楽しそうに暮らしている人たちばかりですよ。

 

あ、でもここで誤解しないでほしいのが、

決して自給自足とかフィリピン人が良いって言ってるわけじゃないですよ。

 

僕が「幸せそうだ」と解釈しただけです。

僕には、自由に物事を解釈できる権利があります。

その権利に従って、自分の人生が良くなりそうであろう解釈をしただけですので。

 

これ、お忘れなくお願いします!

そしてこの”物事を自由に解釈できる権利”はもちろんあなたにもあるんですからね(^_^)

 

 

とまぁ、何が言いたいのかというと、

運命の相手を見つける方法なんてあなたにしかわからないってことです。

 

あ、サーっと引いていくのがわかりますw

 

でもホントそうですよ。

 

あなたの事をあなた以上に誰がわかることができるんですか?

 

「ああ、この人と私結婚するんだ」って運命を感じた恋人に

包み隠さず自分のことを全部話したって

「なんで私の事わかってくれないの!」ってなるじゃないですか。

 

もう一度、大大第前提に戻ります。

僕たちは皆、必ず絶対に幸せになるために存在しています。

 

だから、今例え今が辛くたって、それは幸せのためのプロセスなんですから

今その感情に従ってやりたいようにやってください。

 

んで、それに飽きたら、その時やりたいことをやってください。

 

これが、自分の運命の相手を見つける方法です。

 

多分、は?何いってんのコイツ状態になってると思いますけど、

でも自分がその恋人を選んだ時、「この人と結婚したい」と思って選んだんなら

絶対にそれが正解なんですよ。

 

結果は頑張ったことに対する副産物っていうじゃないですか。

結果よりプロセスが大事っていうじゃないですか。

 

恋人と別れたことを勝手に結果にしちゃダメですよ。

 

それはプロセスであり、結果じゃありません。

 

あなたが幸せになるのは確定しています。絶対です。

 

だからあなたの今の気持ちに純粋に従う。

そしたら絶対いつか幸せという結果があなたに訪れます。

これこそが、運命の相手(もしくは、出来事)を見つける方法です。

 

以上(^_^)!

 

 

編集後記

 

さて、冒頭で”自分だけの解釈には経験と努力が必須”と書きましたが、

僕が思うに自分の解釈に自信が持てない理由は、”自分事”でないことを引っ張ってくるからです。

 

まずは、自分が経験したことのみに基いて、物事を解釈してみるといかがでしょう?

 

例えば貯金の是非についても、まず自分はどうしたいのか、という

自分の意志を一番尊重するということです。

 

自分の意志が何より大事ですからね。

自分の解釈を飛ばして外部を解釈し始めると絶対に納得行く解釈はでませんよw

 

ただ、完全自分の解釈だけだと、いわゆる自分勝手になってしまうので、

自分がどうしたいかを確定させた後に、ここで初めて外部の解釈を取り入れる作業が始まります。

 

時代の流れや雰囲気に合わせて、自分の解釈をアジャストしていきます。

 

でも、その時気をつけてほしいのが、

こりゃまた全く自分に関係ない外部を優先して話を引っ張ってこないこと。

 

自分に近いことほど優先する。遠くなるほど参考意見です。

 

例えば突然の病気に備えるための貯金という前提で考えます。

過去に自分や家族が大きな病気をして、その時に貯金があって助かった!

っていう経験があればいいですが、

「保険会社いわく貯金が合ったほうが良い」とか

「あの家庭はがん治療で1000万かかったからウチも」みたいに考えてしまうのは

あまりに遠くの参考意見を自分の解釈に取り入れすぎです。

 

まず自分、

そして家族、そして友人・知人など、自分を中心に徐々に外に向けて解釈を始めましょう。

 

そして何故、経験と努力が大事と言ったか。

 

勘の良い方はもうお分かりだと思いますが、

要は、自分の解釈を起点にすべてが始まるからです。

 

例えば自分にとって10の可能性がある物事でも

1としてしか解釈できなければ、

いくら外に解釈を広げても1.1とか1.2にしかならず、

下手したら0.9とか下がってしまうかもしれません。

 

的確な解釈をするためには経験が必須です。

(10を1と誤解釈するのと同様に、10を20と解釈するのも的確ではありませんからね。)

 

そして、努力というのは1つの経験を良いものにしようという努力ではなく

とにかく、あらゆる経験を自分の(的確な解釈のための)糧にしてやろうという努力です。

 

なぜなら1つの経験で最大限の結果を得ようと頑張る事は、

ずる賢くて愚かで、そして不可能な事だからです。

 

  1. 僕たちは未来を予測することは不可能だということ
  2. だから自分にとってどの経験が最適なのかは自分でも絶対予測不可能であるということ
  3. 「これは違うな」と考え最も避けたい経験こそ自分の解釈を高める経験であること

 

最後の3番については、往々にして

多数決的な結果とは真逆のものである可能性が高いです。

すなわち、悲しいとかツラいとか負の感情に支配される結果です。

 

例えば僕なら、大学受験失敗、退職・起業、そして婚約解消ですからね。

 

あらゆる経験は自分の幸せな運命を達成するためのプロセスです。

そして一般的に”良くない”経験であればあるほど、重要なキーポイントである可能性が高いです。

 

“良くない”と言われる経験を、プロセスとして捉え、今後の解釈に活かすのか

それとも結果として捉え、自分の可能性を放棄して幸せになる運命を諦めてしまうのか。

 

それを決められるのは、“あなたの”解釈次第ですからね。

 

どちらを選ぶかはあなた次第ですよ(^_^)

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