パラダイムシフトの起こし方

自分との向き合い方

 

こんにちは!サイキです(^_^)

 

今日は、パラダイムシフトと言われる

「思考の抽象度を一段回あげる方法」について書いてみようと思います。

 

※この記事では、パラダイムシフトを、思考の抽象度をあげる方法として定義しています。

 

結論から言うと、

パラダイムシフトは狙って起こせるものじゃありません。

 

自分に覚悟して、自分の行動に責任を持って

一生懸命生き抜いた結果、副産物的に発生します。

 

ましてやお金を払ってパラダイムシフトを得ようなんて

そんな都合の良い話はありません。

 

方法としては、前述の通り。

自分に覚悟して、自分の行動に責任を持って、一生懸命生き抜く。

これしかありません。

 

こうやって書くとなんだか堅苦しく聞こえますが、

言い換えると

自分に可能性を信じて、前向きに生きる。

 

という風にも言い換えられます。

 

僕たちには無限の可能性があります。

何にでもなれるし何でも達成することができます。

何でも実現することができる

精神と肉体という器を誰しも平等に持っています。

 

要は、自分の可能性をどれだけ信じてやれるか。

 

ただこれだけなんです。

自分の可能性を自分で見限るような人には

パラダイムシフトは永遠に訪れません。

だってそんな必要(その価値が)ないからです。

 

自分の可能性をどこまでも信じてあげられる人には、

必ず然るべきタイミングでその時がきます。

 

パラダイムシフトは最も望まない形で起こる

 

極めて抽象的な話をしてしまいましたが、

今から僕の経験を踏まえて、具体的な話に落とし込もうと思います。

 

あくまで僕の人生の場合ですけど、

参考意見として聞いていただけると幸いです^_^

 

さて、僕の場合、パラダイムシフトを意識したのは

人生を振り返った時に”失敗”だと思う経験でした。2回あります。

 

一回目が、大学受験失敗。

二回目が、婚約解消です。

 

一回目の大学受験失敗の時はさほど意識していなかったのですが、

二回目の婚約解消の時に、

「ああ、これパラダイムシフトってやつか」って完全に自分の中に落とし込むことができました。

 

僕は二回目の腑に落ちた感覚を「覚醒」と呼んでいます。

 

さて、ここからは以下の2点について順に説明させていただきたいと思います。

  1. なぜ、パラダイムシフトは自分が望まない形で起こるのか
  2. そして、何故一回目の大学受験失敗ではパラダイムシフトを感じられなかったのか

 

1.なぜパラダイムシフトは自分が望まない形で起こるのか

 

これは、望まない経験の方が大きく自分の想定を超えてくるからです。

「良いことは続かないけど悪いことは続く」ってやつですね。

 

例えば、大学受験を例に考えてみましょう。

あなたは東大合格を目指しているとします。

東大合格というプラス方向のゴールだと合格というポイントでストップしてしまいがちですけど、

マイナス方向ならいくつでも重ねられますよね。

 

東大落ちて、その上滑り止めの後期の大学も落ちて、そして私大も全滅。

浪人したいも、予備校に行くお金はないからと言われ、バイトをしながら勉強するも

家族に不幸があって急遽働かないといけなくなり受験を断念、とかね。

 

でも、このマイナス方向に進むことって、

いま現代の世間の尺度とか常識で考えたら何か失敗続きな気がします。

 

しかし、経験という尺度に立って考えれば、

プラス方向は大学合格という1つの経験に対して

マイナス方向はその何倍も経験を積んでいるんですよ。

 

どっちのほうが人間として深みがでるか言わずもがなですよね。

 

今は説明の都合上、プラス方向とかマイナス方向とかっていう言葉を使っていますが、

実はどっちが良い悪いもなくて、むしろパラダイムシフトを起こすためなら

失敗したほうがいいんじゃないか?とも考えられるわけです。

 

もちろん「望んで失敗はダメ」ですよ。

全力で取り組んでその結果、全く望まなかった結果で返ってくるってのが大事なんです。

 

その時にドカンと自分の可能性が広がる。

 

これがパラダイムシフトなんですね。

 

数字で考えてみましょう。

大学合格という100に向かって進んでいて、そのまま合格してしまえば経験値100で終わりです。

ただ、合格を心から信じて入試終了後も「絶対合格」の手応えを感じていたとします。

100に標準を合わせ行動し、

いよいよそれが現実化するであろう臨場感が高まっている状態ですね。

いわゆるアファメーションってやつ。

 

でも、この時、1ミリも信じてなかった

「不合格」という形で結果が返ってくる可能性ってゼロじゃないんですね。

例えば、名前を書き忘れた、マークシートの回答が一個ズレてたとかね。

 

100と思っていたのが、マイナス100で返ってくるわけです。

 

でも、これって絶対値で言えば200の経験をしたことになりますよね。

 

そして!この時に、

 

「悲しいけどこれ、現実なのよね」

 

と受け止められるか否かが、パラダイムシフトの発生に大きく影響するわけです。

経験値200を糧にできるか、それともマイナス100として受け止めてしまうかですね。

 

2.なぜ一回目の大学受験失敗ではパラダイムシフトを感じられなかったのか

 

なぜ一回目の大学受験は、パラダイムシフトを感じられなかったのかというと

大学受験失敗という経験をゼロとして捉えてしまったからです。

一応100という合格を目指して不合格という結果でしたから捉え方によっては200とはいかなくても150とかはいくわけで。

それでゼロってのは一番もったいない捉え方(解釈)を、わざわざしてたんです。

 

だから、自分の中でコンプレックスになって誰にも話したくありませんでした。

今は、完全に良い経験としてプラスに捉えているので、大いに僕の武器になっています。

 

自分で言うのもなんですが、高校までは勉強で本当に困った経験なんてありませんでした。

 

まぁ今考えると理解を二の次にして

とりあえず点数をとるために意味のない暗記ばかりを繰り返していたので、

このツケが大学受験で明るみになっただけなんですが、

その時は、この現実を受け入れることができず

 

「こんなはずじゃない・・・」

 

ってずっと悩み続けていました。かれこれ10年間、大学受験失敗を引きずっていました。

 

ただ僕が幸運だったのは、「こんなはずじゃない」と思いつつ

どうにかして失敗を取り戻そうと、行動を止めなかったことです。

それはもうブサイクな行動ばかりでしたけど、それでも行動し続けたからこそ

最終的には、自分の大切な経験としてその経験値を自分の中に落とし込むことができ、

今こうやって、大学受験失敗という経験を公にできるわけです。

 

 

でも、辛かったですよ。

もちろん悩み抜いた経験があっての今なので、ダメとは言いませんが、

”どんなに悩んでも過去は変えられない”というパラダイムを受け止めることができてたら、

一回目の受験失敗でもパラダイムシフトが起こっていたと思います。

 

そしてもう少し楽しい大学生活が送れたのかなと思います。

北海道は知床の近くにある北見工業大学っていう大学に行ったんですが

一度もスキーもスノボーも一回もせず、アパートでエレキギターを弾いていましたからね。

 

どれだけひねくれていたかおわかりでしょうか?(笑)

 

 

これ何が原因だったかというと、記事の冒頭で言った

「自分に可能性を信じて、前向きに生きる」

ということができていなかったんですね。

 

大学受験失敗を勝手に自分のゴールにしてしまって

その後の自分の可能性を信じることができなかった。

だから目の前ある現実を自分の可能性のために最大限活かそうとせず、

そこから目を背けて逃げてしまうんですね。

 

反対に二回目の婚約解消では、

これが結果じゃないという事を受け止めることができたので、

今は自分の可能性を信じて毎日を幸せに過ごすことができています。

 

パラダイムシフトの具体的なやり方

 

さて、ここでは、2回の”大きな失敗”を経て僕が考える

パラダイムシフトの具体的なやり方を3つお伝えしたいと思います。

 

1.まずは、ウソをつかないこと

 

これは自分に対しても他人に対してもです。

他人に対してウソをつかないというのは言葉の通りなんですが、

自分に対してウソをつかないっての出来ていない人が多いです。

 

これってかなり難しくて、自分の一挙手一投足ですら

ウソの世界で生きている人が多いんですね。

 

例えば、

  • 身体が休めとサインを送っているのに、頑張ってしまう
  • 自分の行動の理由を、常識とか親とか他人が起因になっている
  • 自分が決めた決断に対して、愚痴や不満を言う

 

とかです。

 

※詳しくは以下のページにまとめています。

(とても長いので別途、読んでいただくことをオススメします。)

 

2.出来る限り一流の人やモノに触れ続ける

 

あ、一流って学歴とかお金とか実績じゃないからね。

もちろんこれらも1つの基準ではあるけど、あくまで1要素に過ぎないというか…

表面上の情報だけが判断基準になると一流からはどんどん遠ざかって行きますよ~。

 

僕が思う一流は自分の価値観に従って生きている人です。

 

繰り返しになりますが、これは社会的地位があるとかそんなの関係ないですよ。

 

  • 自分の可能性を信じて
  • あらゆる経験を自分の糧とし
  • 愚痴や不満を言わず
  • 日々前向きに行動する

 

僕の中では、こういう人=自分の価値観に従って生きている人と定義しています。

自分の価値観に従って生きている人に、社会的地位がある人がたまたま多いのであって、

社会的地位があるからと言って自分の価値観に従っている人とは限りません。

 

だからこういう人やモノに触れ続けていると

自分の行動がパラダイムシフトを起こすために必要な行動に自然と最適化されていきます。

 

冒頭で言ったようにパラダイムシフトは狙って起こせるものではないので、

とにかく一流の人やモノと時間を共にすることで、

身体が勝手に感じ取るというか、こういう感覚なんですね。

 

僕たちの身体って僕たちが思う以上に賢いですからね。

だから少なくとも科学がすべてを解明するまでは

身体に従ったほうが正しい可能性高いですよね。

 

 

3.お金で解決しようとしない

 

婚約解消でパラダイムシフトを感じて以降、

何か先が予測できるような不思議な感覚に襲われることが多くなりました。

 

でもこれって予見できているわけじゃなくて、

すべての可能性を平等に受け入れられるようになっただけでした。

 

だから何が起こっても別に不思議じゃないというか。

あらゆる可能性を自分の中に持てるようになりました。

希望もあれば不安もある、期待もあれば最悪の結果もありえるって。

 

なので、今は何が起こっても「想定の範囲内」みたな感覚になります。

例えばですけど、

明日、急に死のうが交通事故に会おうが、もしくは最愛の人と出会おうが

可能性は0.000001%かもしれませんが、これって「無い」話ではないですよね。

 

多分、歴史に名を残す偉人たちって

この「想定内」を打ち破りたくて仕方なかったんだと思います。

 

だから、命綱無しで断崖絶壁に登ってみたり、

死ぬかもしれないのに、海に大陸探しに出かけたり

何回落選しても大統領選挙に出続けたり

耳が聴こえないのに曲を作り続けてみたりするんです。

 

多分、僕が次に行き着くところ、

そして、ほぼゴールに近いところってそこだと思います。

もちろん命綱なしで崖を登るかどうかはわかりませんがでも似たようなことだと思います。

 

最後にとても重要なことをお伝えしておきますが

お金ではパラダイムシフトは起こせません。

 

私ならパラダイムシフトを提供できます、とか言ってる

スピリチュアル系の人や自称ヒーラーの人達は全員詐欺だと断言してもいいです。

 

お金で解決しないというのは、何もお金を手段に結果を求めることだけでなく、

他人や環境に答えを求めている時は

どんだけ表面上は行動していようが実質ストップしているに等しい

ということをお伝えしたいのです。

 

お金を払うのはあくまできっかけを掴むためです。

入場料であり、参加料であり、挑戦料であり、単なるサンクコストです。

それ以上でも以下でもなく、

お金を払った先に、自分がどのように解釈し行動するかが全てなのです。

 

これは僕自身、少なくとも400万以上の自己投資をしているのでそう言い切れます。

いくらお金を払おうが、「講師がどうにかしてくれる」と思った経験は、

教わった表面上の情報以上には何も起こりませんでした。

 

それよりか婚約解消を自分事として受け止めた結果、

パラダイムシフトの恩恵を得て、

今では日々どんな出来事でも学びとして受け取ることができています。

 

抽象的な話が続いたので具体的な話を1つさせていただきますと、

フェイスブックでよく見かける読書会とか朝会とかに終止している人たちは厳しいと思います。

 

1つの経験としてはいいですが、

パラダイムシフトのきっかけに成りえるエネルギーはそこにはありません。

何故なら、所詮は主催者の意図を超えられないからです。

主催者の想定内で始まり、想定内で終わります。

褒め合い、またはお涙頂戴が確定している出来レースです。

 

さらに言えば、主催者の枠内にあなたの可能性が閉じ込められています

これって凄くもったいないことです。

まぁこの方々については多分薄々気付いていると思いますが…

“ラク”ですもんね、出来レースは…(/_;)

 

 

要するに、どう頑張ったって他人は変えられないんです。

他人に自分は変えてもらえないんです。

 

それが例え、親であっても配偶者であっても恋人であっても、です。

本気で他人を変えられるなんて思っているやつは傲慢の極みですし、

微塵でも「他人を変えられる」と思って他人と接するとお互いツラい結果にしかなりません。

 

じゃあカネをとってるお前のサービスはどうなんだよ?ってなると思いますが

僕は、他人を変えようなんて罰当たりなこと一切思っていませんよ。

これはサービスの詳細ページにもきちんと記載しています。

 

僕はあくまで僕の経験を通した僕の等身大をお伝えする中で

その方が前進できる「気付き」や「きっかけ」となれるよう全力を尽くすだけです。

 

「変える」んじゃないんですよ。

「変わっていただく」んです。

 

スポーツや芸術とかで感動するのもそう。

自然を見て感動するのもそう。

 

当の本人達は自分のことに精一杯なんです。

相手をどうこうしようなんて、考えている余裕はありません。

自然はその意志を持たないばかりか

周りと補い合い調和している。だから美しいしその美しさに感動するんです。

 

だから他人を変えられるなんて間違っても思わないことです。

 

本当に変わって欲しいのあれば、

自分が先頭に立って、背中を見せて、

その上で「変わっていただく」しかないんです。

 

僕が会社員として働いていた頃、部長に教えてもらった言葉があります。

 

山本五十六という方の言葉で、

「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」

という言葉です。

 

当時は、いい言葉だなって思ったんですが、今は少し時代が違うかなと思います。

僕は、今の時代ならこっちのほうが適当なんじゃないかな?と思います。

 

「やってみせ、やってみせて、やってみせ。それでもダメなら、諦めよう」

 

今回の記事は以上です!

毎回、長い文章にお付き合いいただきまして本当にありがとうございますm(_ _)m

コメント

  1. 稲田利弥 より:

    佐伯さんこんにちわ(^ω^)ノ

    他人に自分を変えてもらう事は出来ないのに、自分の価値観を他人の価値観で蓋をしてしまう事は起こるのですよね(;´・ω・)

    蓋をするのも外すのも自分しか出来ないのですが、何処に蓋をしたかを忘れていたり、蓋をしている事にすら気付かないと言う…(つД`)

    • saiki より:

      稲田さん
      こんにちは!こんな長い記事を読んでいただきありがとうございます笑

      おっしゃる通りです。

      そして稲田さんならお分かりかと思いますが
      「何らかの蓋が自分に存在している」という前提条件を自分に付与するかどうかを決めるのも自分次第でございます。
      確かに他人の影響は少なからず自分にあることは事実ですが、
      その影響を自分で解釈し、吸収し「踏まえて」生きている、という認識で僕は居ます。

      僕は稲田さんに何もすることができませんし、そんな罪罰当たりなことするつもりもありません。
      ただ、稲田さんのことはいつも応援させていただいております。

      お互い生きづらい選択をしていると思いますが(笑)
      覚悟を持って自分の選択を楽しめるよう強い人間になりたいですね*\(^o^)/*

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