人生を前進させる方法:「ちょっとだけ試してみる」を繰り返す

「ちょっと試す」の繰り返しで必ず幸せにたどり着く。道はぐちゃぐちゃだけど。

 

 

こんにちは!佐伯です( ´ ▽ ` )ノ

 

先日、念願のアウトドアクライミングを初体験できました。

実はこの初体験まで紆余曲折ありましたけど、やっぱ「ちょっと試すこと」でしか人生は前進しないな、と改めて思いました。

今回の記事では、この経験を踏まえた「人生を前進させる方法」について書いてみます。

 

どんなに辛いことでもいかに笑いに変えるかが人生との勝負

 

さて、アクティブな経験を紹介して、いきなりですが、

僕は、向こう10日ほどこれと言って外に出る予定がありません。

 

前向きな記事を書き続けてはいますが、決して毎日をイキイキと過ごしているわけではありません。

何もやる気が起きなくてベッドから起きずに読書やネットサーフィンに勤しむ事も多々ありますw

 

で、その勤しみの中で、トリコという漫画を読んでおりましたところ、こんな言葉がありました。

「目に見える前進はなくても考え続けてる時間はムダじゃないよ」

「そういう者にしか神はヒントを落とさない。ボクらはヒントを逃さないために考え続けるんだ。」

 

漫画って考えることなの?って思うかもしれませんが、漫画も立派な考える行為の1つですよ。

だって、同じ人間が頭を捻って創作している以上、絶対に学ぶべき点はあるのです。

 

僕は、人生に悪い経験は無いと思っています。

どんなに辛い経験でもすべては幸せというゴールへのプロセスだと思っていますし、そうであるべきだと願います。

だから、悪い経験は幸せのための経験であり、結果的にはひっくるめて良い経験なのです。

 

特に学生の頃の部活なんて、しんどければしんどいほど良い思い出として残っていませんか?

 

 

ただし、頭ではそうだとわかっていても、

その辛いプロセスの道中真っ只中の時は、辛くて辛くて「これでいいのだろうか…」って悩みもします。

 

今がまさにその時かもしれません。

 

でも、悲しいかな「きっと大丈夫」と思うしかないんですよね。

だってわざわざ悲しみに溺れ、卑屈に塞ぎ込む事にメリットなんて無いんですもん。

 

人生は、どんなに辛い経験だろうが、それをいかに笑いに変えられるかが勝負だと思っています。

誤解を恐れず言えば、両親の死さえもです。

 

冒頭に書いた通り、僕は今後10日間、特に予定がありません。

「10日間、これと言って予定なし。」です。

 

この一言をどのように使うのかも、人生との勝負です。

 

知人から「最近、何してたの?」と聞かれた時に、

「何もしてないよ!笑」って、笑って言えば笑ってくれます。

「何もすることが無かった…」って、辛気臭く言えば辛気臭くなります。

 

当たり前なんですが、意外に難しいんですね。これが。

 

 

「人間辛い時もあるよ。愚痴って泣く時があってもいいじゃない」

こういう考え方があるのも、十分承知のうえですが、

僕は約10年間そのスタンスを試した結果、ほとんどの友人が僕から離れていきました。

なので、少なくとも僕の人生では何の解決もならなかった、とだけお伝えしておきます。

 

この経験を基にして考えた結果、今はとりあえず「まずは笑顔」というスタンスで居ます。

すると、過去の10年とは打って変わって面白いように人間関係が拡がっております。

 

 

“ちょっと試す”の繰り返しだけが人生を前進させる

 

僕は、僕の経験を経て、笑顔が僕を救ってくれると確信らしきものがあります。

でも、これはあくまで現時点であって、未来永劫、作用するものとは限らないわけです。

今もなお、”笑顔が僕の人生にどう作用するのか”を、試している途中です。

 

また、過去の僕も同じように試していたわけです。

「ネガティブで辛気臭く人付き合いをすればどうなるか」と。

 

この試みの結果わかったのは「ネガティブで辛気臭い人付き合い」は、

僕の人生には上手く作用しないということです。

 

ただし、これはあくまで僕の経験であって、あなたに当てはまるとは限りません。

というか99%の方は僕と違った結果になると思います。

 

「こうすれば人生が上手くいく10の技術」とか

「一流の人から学ぶ人生を楽しく生きるコツ」とか

こんなインスタントな答えが溢れる世の中ですが、

この通りに実行して人生上手く行った覚えはありますか?

 

偉いコンサルタント先生や、スパルタトレーナー先生に従って

「こうしろ、ああしろ」と行動を限定されて、

むしろ、ますます生きづらくなった経験の方が多くないですか?

 

 

しかし、「試してみる」という意識があれば生きづらくはなりません。

例え「答えらしき答え」に従って行動したとしても、それは人生が前進している証拠です。

だって試した結果、「たちまち人生が上手くいく秘訣なんて無いんだな」ということがわかったわけですから。

 

そして、新たな一歩を踏み出すわけですね。

「じゃあ次はこっちを試してみようかな」ってね。

 

だからね、

結局は「ちょっと試す」の繰り返しでしか、人生は前進しないのです。

 

いくら「うんうん」悩んだって0.0001でも人生にインパクトをかけてあげなきゃ暖簾に腕押しにすらなりません。

糠に釘でもいいんですよ。だって釘も糠も動いてるし、何より自分の手を動かしてるじゃないですか。

打てば響くなんて妄想ですよ。

正しくは、「打ったら響いた」であって、打っても響かない、打ったら壊れた、打ったらこっちが怪我した、という結果も当然存在するのです。

 

世の中には、一つのことを続けることこそ美徳だという価値観もありますが、

それはあくまで1つの価値観であって、別にそれに従って生きる必要はないのです。

 

ただし、「ちょっと試してみる」は欠かせません。

「一つのことを続けることこそ美徳」という価値観を自分の人生で試してみる。

 

それで合えばそうすればいいし、合わなきゃ違うものを試せばいいんです。

 

そうすれば「続ける」「続けない」の二元論から

「とりあえず一度止めてみる」とか「頻度を落としてやってみる」とか「誰かと一緒にやってみる」とか

試してみて初めて他の選択肢に気付くことが出来るのです。

 

ちょっと抽象的すぎてピンとこない点もあるかと思うので、

ここからは、今回のアウトドアクライミングの経験を例に具体的にお話しますね。

 

「ちょっと試す」上で欠かせない3つのポイント

 

さて、クライミングの経験をお話する前に

「ちょっと試す」上で欠かせないポイントを記載しますね。

このポイントを外すと上手く作用しないので気をつけて下さい。

 

1.逆算思考を止めて、今思考で考える

 

特に気をつけてほしいのがここです。

現在の世の中では、効率化社会が進んだせいか、あらゆることに対して

「達成すべき目標から逆算してプロセスを細分化して数値化して考えろ」

とか言われますが、これこそ行動が億劫な理由です。

 

僕もこの逆算思考を信じて止まなかったですが、

この逆算思考を止めた瞬間、足取りが非常に軽くなりました。

 

逆算思考が正として頭にあった時は、

「まずは逆算すべき大きな目標がないと始まらないな」

「一応目標は立てたけどブレイクダウンはこれで十分かな?」

「え、このトラブルは想定外だよ。予定が狂った~」

 

とかとか、上手くいった試しがありませんでした。

 

それもそのはず。

だって僕たちは、3秒先の未来すら予測することはできないんですから。

極端ですが、5分後、あなたは必ず生きていると100%断言できますか?

自分だけならまだしも、

例えば今から最初に会った人に「こんにちは」と声をかけて

なんて返ってくるか100%予測できますか?

 

無理ですよね。

逆算思考って、この無理ゲーを何年スパンでやっちゃうんです。

そりゃ上手く行きませんわ。

 

だからせめて、無理ゲーは止めましょう。

 

僕達がコントロールできるのは、今この瞬間の気持ちしかありません。

だから、「ちょっと試す」上では必ず今思考で考えて下さい。

 

過去にこう言ったから、とか言って過去に責任を取る必要はないし

未来がこうなったら怖い、とか言って未来に怯える必要は一切ありません。

 

あらゆることを、自分でコントロール可能な領域のみに限定させてください。

それ以外はすべて暗闇で、はじめから存在しないと考えて下さい。

過去なんかどう頑張ったって今この瞬間、コントロールできないですよね。

“他人”や”未来”は、コントロール可能領域外の最たるものです。

 

2.1つの行動を出来る限り小さくする

 

今思考で考えた結果「読書をする」という試みが自分の中に生まれたとします。

 

ただし読書に行き着くまでには、色んなステップがありますよね。

 

例えば、僕の場合、本を買うのはだいたいアマゾンです。

一口に読書と言っても以下の通りステップが細分化できるわけです。

 

  1. パソコンを立ち上げる
  2. アマゾンのページにアクセスする
  3. 本を選ぶ
  4. 購入する
  5. 読む(読書)

 

例え1ミリでも物事を前進させることがとにかく重要です。

なので「たったこれだけ…」とは思わずに、

無理なく行動できるステップまで細分化して、実際身体を動かしましょう。

 

3.ちょっと試した結果を元にネクストステップを決める

 

さて、勘の良い方はお気づきだと思います。

「結局ポイント2のステップの細分化って、あんたが否定してた逆算思考じゃん」って。

 

そうです。その通りです。

だからこそこのポイント3が重要になるので聞いて下さいね。

 

例えば、読書をするためにアマゾンで本を買うという行為において、

実際に身体を動かせるレベルまで細分化した結果、アマゾンのページにアクセスすることはできたとします。

 

でも、実際アマゾンのページにアクセスしたら

ファッションセールをやっていて、ついついそれを見てしまった、と。

 

これ、全然OKです!

この時に、ちゃんと自分を肯定してあげられる事が重要です。

これこそが「ちょっと試してみる」の真髄です。

 

「読書をしよう」という”動機”から、

「読書をした」という”結果”が生まれるなんてのは単なる決めつけです。

 

ポイント1で言ったように、過去に責任を持つ必要はないのです。

一度逆算思考したからってそれに従わなきゃいけない決まりなんて一切ないのです。

 

読書をしようと決めて、

「ちょっと試してみよう」と本を買おうとアマゾンを開いた結果、

ファッションセールを楽しんだ。

 

この”動機と結果”はあらゆる”動機と結果”と平等です。

 

読書をしようと行動したら夕飯を食べてた。

読書をしようと行動したら旅行の準備を始めてた。

読書をしようと行動したら会社を辞めていた。

これらは全部、動機と結果という点において、優劣無く平等なのです。

 

本来、僕たちはもっと自由なんです。

勝手に、動機と結果を結びつけて、自らを不自由の鎖で縛り付けるドM根性なんて本来持ち合わせていないんです。

 

この不自由の鎖から自由になれるのは「ちょっと試してみる」精神と、そして今思考だけです。

 

ちょっと試してみて、その結果を踏まえた今思考で、またちょっと試してみるんです。

 

思うように未来が進む保証なんて一切ありません。

だからコントロールできる領域内で「ちょっと試してみて」領域を少し動かす。

そして、移動先の領域でまたちょっと「試してみる」んです。

 

ちょっと試した結果、目的が変わっても良い、なんなら止めたって良い。

 

「目に見える前進はなくても行動し続けている時間はムダじゃない」

 

今回のアウトドアクライミング初体験までのちょっと試してみた軌跡

 

さて、「ちょっと試してみる」の考え方がわかっていただけた所で、

今回、僕がどういう風に「ちょっと試してみて」念願のアウトドアクライミングを経験できたのか

例として書かせてもらおうと思います。

 

あんまり詳しくなるとくどくなるので、なるべく完結に書きますね。

正直、僕の歩んだプロセスはあんまり重要ではないので読み飛ばしてもらっても大丈夫です。

 

【アウトドアクライミング初体験までの軌跡】

「滋賀 クライミング 講習」で検索→ツアー会社っぽいものがヒット→「クライミング友達できますか?」的なメールを送る→排他的な返信→(この人達とクライミングは嫌だな…)→4ヶ月ほどストップ→海外旅行に行った時に友達の誘いでアウトドアクライミング体験→(クライミングを通じて友達ともっと仲良くなりたい!)→「京都 クライミング 講習」で検索→地元の山岳会のHPに辿りつく→(初心者で知識もゼロだけど大丈夫か…)→とりあえず「初心者だけど参加したいです」メール→「今度集会に来て下さい」と返信あり→1人で怖いけど行く→警戒されつつも皆さん優しい→今度クライミング行くけど?と誘ってもらう→行きます!と即答→ギアを揃える→今回の初体験に至る

 

ここでわかっていただきたいのは、「クライミングがやりたい!」と思ってから、

何十回と色んなことを「ちょっと試して」みて実際身体を動かした末の初体験だったということです。

 

関係有る事無い事積み重ねた結果、クライミングにたどり着いたのです。

「周り道」だと思うのは、逆算思考です。予測できない未来を勝手に決めつけています。

僕の人生にとっては、間違いなくこれが最短経路でした。

 

クライミングを始めたきっかけから書くともっともっと「ちょっと試してみた」の積み重ねがあります。

 

何より大事なこと:何のためにちょっと試し続けるのか

 

何より大事なのは、僕たちは幸せになるために生きているということです。

経験や技術を積み重ねることは手段であり、手段によって幸せを実現させることが本来の目的です。

(悲しいかな手段が目的になっている人が多いですが…)

 

お金を稼ぐのだって、難しい資格をとるのだって、社会的地位を手に入れるのだって

その結果によって自分が幸せを実現できるのか?を確かめる「試み」でしかないのです。

間違っても幸せを約束してくれるものだなんて思わないで下さい。

 

家庭を築くということもそうです。

 

僕たちは逆算思考で未来を予測できるほど賢くありません。

そして、どんなにキレイに予測しても、あなたの周りの人はあなたの思い通りに動いてくれません。

だって、あなたと同様に、周りの人にも幸せになる権利があるからです。

あなたの幸せのために、周りが思い通りに動いてくれると思うなんて傲慢すぎますよね。

 

ちょっと試した結果を元に、また「ちょっと試して」みる。

また「ちょっと試して」みて「あれ?違うな」と思えば遠慮なく離脱すればいいのです。

 

レールも光もない、暗闇を一歩一歩進んで確かめる怖さはわかります。

でも、光もレールも見える逆算思考にこそ、過去にあなたを縛り付ける怖さがあります。

 

僕たちは毎日、何らかの経験を経て多かれ少なかれ目に見えない変化をしています。

過去は過去、今は今なのです。

 

過去に目標を決めたからと言って、過去に縛られる必要はないのです。

過去の目標は「“今”やりたいから」継続してやっているだけなのです。

 

僕がブログを書き続けるのだって

過去に「ブログを書こう」と、決めたから書いているのではありません。

 

「今」書きたいから書いているのです。

 

そりゃイチロー選手や本田圭佑選手みたいに

小学校の文集に書いた夢が実現したらカッコイイですよ。

 

でも、それはそれ、あなたはあなたなんです。

 

別にどっちが凄いとか優劣なんて一切ない。

あの人達だって、今思考で判断して、

その時、野球がしたかったから、サッカーがしたかっただけです。

「今」の判断を連続させた結果が今の姿なだけです。

 

結局は、今思考で「ちょっと試してみた」の連続でしか無いんですよ。

ただイチロー選手や本田圭佑選手の場合、”ちょっと”が少し大きく見えるだけで、本質的には何も変わりないんですよ。

 

絶対的に大切なのは、「今、自分が幸せかどうか」です。

超有名スポーツ選手になろうが、億万長者になろうが、教科書に名前が載る偉人になろうが、

あなたが「不幸」と感じていれば、もう一回「ちょっと試してみる」必要があるのです。

 

そこはゴールではありません。

 

 

まとめ:勇気を出して”ちょっとだけ”試してみると人生は前進する

 

「一日一歩進めば一年で365歩進んだことになる

 

僕が会社を辞めようともがいている時に出会った言葉で、それ以降、僕の信条になっています。

それ以降、どんなに小さい歩幅であろうが一日一歩は進むように心がけています。

 

この一歩を積み重ねた先に、幸せなゴールがあるんですから、一歩を踏み出す勇気も湧いてくるというものです。

 

 

 

いや、もちろん、幸せかどうかなんてわからないですよ。

でも、わざわざ不幸なゴールに辿り着くなんて信じる必要ないですよね?

そう信じたけりゃそう信じてもらって結構ですけど、その時は、周りの人を巻き添えにしないでくださいね。

 

 

このブログだって、「何これ?こんなこと時間かけてやってんの?」って思う方が大半だと思います。

でも、今の僕にとって「ちょっと試すこと」の1つがブログを書くことなわけです。

そしてブログを書くという「ちょっと試してみる」の積み重ねが幸せなゴールに辿り着くプロセスと知っていますから、試さない理由がないのです。

書き続けるかどうかは明日判断しますよ。とりあえず今は書き続けたいので書きますわ。

 

 

この記事は以上です。

この記事が、あなたの「ちょっと試してみる」きっかけになれば幸いです。

 

いつも長い記事を読んでいただきありがとうございますm(_ _)m

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