残金500円から4年間自営業を続けて思うこと

幸せがお金を包括するのか。お金が幸せを包括するのか。

こんにちは。佐伯です(^_^)

早いもので振り返ればサラリーマンを3年弱で辞めて、自営業を始めてから4年が経過しておりました。

自営業(ネットショップ)を始めた当初は、商品代金を支払い終えたら口座の残高が500円とかになって、「会社辞めなければ良かった…」と不安に潰されそうになって2回も吐いた事を覚えていますw

当初は東京に住んでいて、その後、大阪、今は滋賀に住んでます。

たくさんの人との出会いと別れがありました。

「自営業って実際どうなん?」って思う方達の参考になればと思い、今回の記事を書きますね。

自分に自信がついて、前向きになれた

人生で初めてガチの世界で戦った気がします。

ビジネスの世界では、上手く行かなくてもどんなに理不尽なことがあっても、このことについて正当性を主張した所で何の解決にもなりません。

だから、半ば強制的に前に進むしか無くて、「本当に自分がやりたいことだったのか?」という複雑な思いもありますが、ガチの世界で4年もやれた自分がとりあえず誇らしいです。

とにかく僕は貧乏性なので、無駄なことをしたくありません。

この性格も相まって、どんな経験であっても「勉強代」「失敗は成功のもと」などの言葉を借りて前向きに捉え続けていました。

その結果、「自分に都合良すぎやろ」と言われるぐらい前向きな人間に慣れた気がします。

前付き合っていた彼女にも別れ話の時に「何でそんなに自分に自信があるの?」って言われたぐらいです。

自信があるというか、自信を持つしか無い(自信を持たない理由がない)という方が正しいですが、この考えが持てるようになったのは自営業の経験が大きいと思います。

必死になることの楽しさを知った(辛い経験こそ後から振り返った時に素晴らしい)

ビジネスを始めるまでは、自分の選択にどこか常に逃げ口を作っていました。

受験であっても、大学生活であっても、就職であっても、サラリーマン生活であってもどこかで自分の選択に言い訳をしていました。

でも、前述したようにビジネスの世界では、言い訳しようが責任転嫁しようが、100%自分が正しかろうが、それを主張したところで何の解決にもなりません。

サラリーマンを辞める時、僕には転職するという選択肢はありませんでした。

色んな会社の方と接したり、また客先常駐という形で、就職ランキングTOP10に入るような企業で働いたこともありますが、どこに行っても「責任転嫁」と「愚痴」で構成される空間だったからです。

特に何かやりたいことがあったわけではなく、責任転嫁や愚痴を忌み嫌いつつも、自分が忙しくなると責任転嫁や愚痴を同じように言ってしまっていました。

だから、「この環境では、人間として終わってしまう」という危機感を覚え、とにかくサラリーマンを辞めたかったのです。

誤解してほしくないのは、サラリーマンが悪いというわけではなく、環境が人に大きく影響を及ぼすということです。

でも、自営業を始めたからと言ってすぐにサラリーマン精神が抜けるわけがなく「愚痴」や「責任転嫁」に走る時もありました。

でも、その時に、サラリーマンに戻っているような違和感を覚え、またビジネスの世界では、何の解決にもならないことを何度も経験したおかげで、その行為は次第に減っていきました。

だから残金500円になっても、前向きに捉えて必死になるしかなかったんです。

不安で食事もとっていないのに、吐き気だけはしてベットの上で丸くなって後悔していた光景は今でも頭に残っています。

でも、その時も

「今年いっぱいやってみてダメだったらサラリーマンに戻ろう」

「まだやれることはあるし、やれることをやってみよう」

と考え、寝ても覚めても必死でビジネスのことを考えていました。

その必死になった中で、運良く自分のスタイルを確立できて、その結果、4年間自営業を続けることができました。

結果論でしかないのですが、振り返ってみて「あの頃が一番楽しかったな」と思います。

自分だけの体験がたくさんできた(これからもできそう)

もともと、人と違っていたい性格なのですが、自営業をやってそれが更に極まった気がします。

何故ならビジネスをやって「周りと同じことをする」事ほど無益なことはないからです。

ネットショップで言えば、他の店でも売っている商品を扱っている限り、お客さんは価格でしか店を選びようがありません。

また運営側からしても「別に自分が売らなくてもいいな、これ」って思って自分の存在価値がだんだんと無くなっていきます。

最初は、自力でお金が稼げるだけで存在価値が満たせるのですが、僕の場合、結構早い段階で興奮が冷めた事を覚えています。

そのため私生活においてもビジネスに置いても「人と違うことをする」という事が、自分が大事にしたいものだと解りました。

これは人と違っている事のほうが良いと言っているのではなく、「人と同じことをしていたら楽しくない、と思う自分」を認め、自分に正直に生きてあげようと決めた結果です。

その思いの最たるものが、このブログなわけです。

お金を他の価値観と対等に扱えるようになった

自営業始めて、良かったなと思うのはお金への価値観が他の価値観と対等になったことです。

この結果、あらゆる価値観を尊重できるようになり、人との関係の築き方がかなり前進したように実感します。

とは言っても決して高尚なものではなく、自営業という経験があって強制的に気付かされたようなものです。

今の世の中、お金という価値観が下駄を履きすぎていて、その下駄が原因で多くの人が苦しんでいると思います。

確かにお金は重要ですが、”お金”と同様に、”存在価値”とか”尊厳”とか”挑戦”とか”時間”とか”思いやり”とか”愛情”とか、こういう目に見えない価値観も”お金”と平等で対等に在るんです。

すべての価値観は平等で対等というステージの上であればお金を稼ぐことに一日の大半の時間を使って、”思いやり”や”挑戦”といった価値観を無下にするのは違いますよね。

もちろんすべての価値観を平等に比べた選択の末でなら問題ないですが、比べること無く無条件に「お金」が最上位の価値観とされているような現状に怖さを覚えます。

無条件に、お金という価値観が下駄を履いていると当然他の価値観が下に来るので、”他人の存在価値”や”思いやり”や”愛情”に欠けた言動をしてしまいます。

ご多分に漏れず僕もそうでした。

例えば居酒屋に入った時に態度の悪い店員がいると、「こっちはお金を払ってるんだからしっかりサービスしろよ」とか、客引きの話を聞く時とかも「お金を払ってやるんだから、サービスの1つや2つしろよ」って普通に思ってましたので言動にもしっかり表れていました。

でも、自営業を始めて、自分が店側に立ってこういうお客がどんだけウザいかわかりました(笑)

そして、昔の僕みたいな奴に限って店側への要求は多いくせに金払いは悪い。

普通の人が1お金を払って1要求するところを、1お金を払って10要求する感じ。

すなわち10お金を払えば100要求されて、儲かるかもしれないけど何より気分が悪い。

お店側からすれば、お金はあくまで参加券なんですよ。

単にお金を払ってもらっただけでは、仕事の域を出ないんですよね。

だから「仕事」以上の要求をされても、「好意」を強要されているようで気分が悪いんです。

会社から「サービス残業よろしく」って言われたら腹たちますよね?

それの逆バージョンですよ笑

店側だって決してボランティアでやっているわけではなく営業しているわけです。

すなわち利益を出さないといけないんですね。

だから、店側はサービスを提供して、お客は利益を提供して初めて対等な関係なんです。

お金を払うってお客さんじゃなくて、利益を提供して初めてお客さんなんです。

お金を払ってもらっても、要求が過剰で、利益が無くなるようであればお客さんにすらなれないかもしれないんです。

利益を提供してくれない時点では、まだ「お客さん」ですらなく、ここを勘違いしていました。

利益を提供して始めて「お客さん」として対等な立場になるのであって、利益以上のサービスは完全に店側からの「好意」だったのです。

高級ホテルや高級店で、過剰なサービスができるのはその手間暇にかかるお金と人件費が予め「利益」の中に計算されているからです。

上記のように、自営業で”お金を払われる側”を経験して、お金という価値観を押し付けられるととても気分が悪いことを知りました。

その結果、半強制的にお金の価値観が引き下げられ、やっと”信頼”とか”愛情”とか”義理”とかと同じレベルまで落ちてきてくれました。

こうして、お金という価値観を、他の価値観と対等に扱えるようになりました。

そして、一度平等で対等な視点で価値観同士を比べた結果、今は”お金”よりも”幸せ”を優先して生きるようになりました。

お金が幸せを包括するのではなく、幸せがお金を包括しています。

いくらお金が貰えても自分が幸せを感じなければ、覚悟を持ってそれを拒絶します。

お金の怖さを体感できる

普段はとてもいい人なのに、お金が絡むと一気に利己的になる人を何十人と見てきました。

もちろん僕はそうじゃなかったは言い切れないのですが…

ビジネスの世界では、ホントの意味で誰も助けてくれません。

どんな関わりの中にも「お金」という価値観が中心に存在する以上、あらゆることが「お金」で割り切られてしまいます。

もちろんそれがすべてじゃないですが、経験上95%はそうでした。

お金で繋がった関係から目を背けたくて変にキレイであろうとすると、こちらは100%良い結果になりません。

まずはビジネス=お金という価値観を真摯に受け止めた上で、その上でお互いの価値観を試し合うことができれば打ち解けられる人も出てきます。

ただ僕の場合、4年間自営業をやってそれこそ大企業の社長~僕レベルの個人事業主の方含め何百人と出会いましたが、打ち解けられたのは1人だけでした。

また、これは言うか微妙なところなのですが、「お金」という価値観だけで突き進んでもちょっとおかしなことになる気がします。

だから僕は、お金という価値観より自分の幸せという価値観を優先するようになりました。

ただ、これは個人の価値観の違いでしか無いわけです。

色んな価値観を対等に比較した結果、「お金」という価値観が第一に来た方からすれば「甘いこと言ってんじゃねーよ」だと思いますし、僕からすれば「気持ち悪い」と思うだけです。

これは価値観の違いでどちらが良い悪いもないと思います。

単なる好きか嫌いかで、お互いがお互いを嫌いなだけです。

良いも悪いもなく、好き嫌いがあるのは自然なことです。

今では、この好き嫌いを当たり前に認め合うことが、住みよい社会を作っていくと真剣に思います。

自営業なのにサラリーマンの人がたくさんいる

僕がやってたことってキレイに言えばネットショップとか通販ビジネスなんですが、転売という見方のほうが正しいなと自分でも思います。

だから、4年間続いたとは言え、転売という響きの悪さに、一時期パーソナルトレーナーを目指そうとしていた時期もありました。

その時は、結婚しようと思っていた彼女がいたので、彼女のためにもと思って、商工会議所に入り各所に赴き名刺を配るという事をしておりました。

その時、ふと強烈な違和感を覚えました。

「あれ?自営業って何?何で会社辞めたんだっけ?」

「人と違うことがしたい」とか言いつつ、人から認められないことに怯えて、人と同じことをしてしまっていました。

スーツを着て名刺を持って仕事をいただけませんか?と頭を下げて回る。

おやおや?これってサラリーマンと全く同じことをしておりませんか?

そして、自営業と言いつつも、こういうことをする人があまりにも多くて自分にも周りにもうんざりしていましました。

こんなの自営業でも何でもなくて、単なる独立系サラリーマンじゃんって。

自営業とは生き様を貫くこと

この経験を経て自営業というのは、会社に勤めてる、勤めていない事が本質ではないとわかりました。

自営業とは、”自分を営む事”です。

すなわち自分の生き様を貫き通す事だと思います。

自営業とは自分に正直なこと。

自営業とは自分に嘘をつかないこと。

自営業とは他人にも嘘をつかないこと。

これが守れている限り、どんな状態であろうが自分は自営業だと言い切って良いと思います。

会社に勤めていなくても、何か答えのようなレールを辿ろうとしている限りは、単なる独立したサラリーマンです。

でも、自分の生き様を貫いているのであれば、たとえ1円も利益がなくても、立派な自営業です。

そして会社に勤めていても、「答え」を求めること無く、自立して自分の人生を歩んでいるのであれば、これもまた立派な自営業です。

将来自分がどうなるかなんてわからないし、今の自分が決めたゴールで未来の自分の可能性を狭めたくありません。

でも、どんな状況になっても、仮にサラリーマンに戻ることになっても、自営業は続けていて欲しいというのが、未来の僕に対する今の僕の願いです。

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