「俺が若い頃は…」なんて言い出したら、人生の終わりに片足突っ込んでると知れ

俺はお前じゃないし、お前は俺じゃない。

 

こんにちは、佐伯です。

 

今日は、雨。気温もすっかり秋で、肌寒くて、夏が終わったことを思い知らされるような寂しい気分になります。

 

さて、先日近所のバーに行ったのですが久々に腹が立って熱くなったことがあったので、今日はこの出来事について記事にします。

 

「俺が若い頃は」なんて、過去の自分で今の自分を表現しようとしている時点で、人生終わってるんじゃないの。

 

 

「俺が若い頃はな…」なんて言うやつほど今がシケている法則

 

僕は、誰しも自分の人生には120%の理想を持って歩むべきだという思いを持っています。

それは叶う叶わないなんてのは一切無視して、夢や理想や希望は持って然るべきです。

 

だって夢や希望や理想のない人生なんて何が楽しんでしょう。

人間関係やお金に対する打算や心配ばかりして、失敗しないことを第一に進む人生の何が楽しんでしょう。

例え今は灰色の人生であったとしても、その先に何か光のようなものが見えるから歩めるのではないでしょうか。

 

 

僕がこういうことを言うとだいたい変なオトナに絡まれます。

「もっとオトナになれよ」とか「現実を見ろよ」とか。

そしてこういう奴が必ず言うのが「俺が若い頃も君と同じだったよ」っていうのがお決まりです。

 

 

でもこれって「俺が若い頃は」っていう言葉が悪いんじゃなくてやっぱり誰が発言するか、ってのが一番のポイントになっています。

今を楽しく生きている人に言われる「俺が若い頃は」っていう言葉には希望を感じられます。

でも、今を楽しめていない人に言われる「俺が若い頃は」っていうのはめちゃくちゃ腹が立ちます。

 

 

いやいや、お前みたいなシケた奴と俺の人生重ねるなよ。

お前のシケた”今”を正当化するために、俺の人生を利用するなよ。

 

 

 

あくまでその人がどう感じるかでしかないのですが、

他人の人生に口を突っ込むというのは本来、金輪際縁が切れても良いぐらいの覚悟をもって口にすべきです。

 

 

自分の人生を最高にできるのは「自分」しかいません。

そして、それは相手に対しても同じで、僕がどれだけ尽くしても、その相手が自分自身で出した「答え」には一切及ばないからです。

でも、その最高の答えって何なのかわからないんですよ。

 

これは永久にわからない。死んでもわからないんです。

だからリンキン・パークのボーカルだって死んじゃったし、安室奈美恵だって引退しちゃうし、名誉とかお金とかが「答え」とは限らないんです。

 

でもわからないからと言って諦めるのか、それとも探し続けるのかが今を生きている人か、シケた奴かの違いなんです。

 

最もご法度なのは、他人が答えを見つけようと行動してるのを邪魔してしまうことです。

邪魔っていうのは、今回のシケたオトナのようにバカ丸出しで他人の人生に口を突っ込むことはもちろんですが、善意と思いやりMAXで他人の人生にアドバイスしちゃうのも本質的には同じです。

 

例え冷たいようでも「お前の出した答えが一番だよ」と言って、ある意味突き放してあげる事しか他人にはできません。

 

だって、どういう思いであれ他人を導いてあげることなんて絶対できないんですから。

 

お前、変なやつだな、とか変わってるなとか言われますが、そもそも皆変な奴じゃないですか。

道徳の授業で、一人ひとり皆違うんだよって教えてもらったし、SMAPもそんなこと言ってたじゃないですか。

 

皆、知ってるはずなのに皆と同じになりたがる。

皆、胸を張って「変な奴でーす」と言えるような社会になれば、「俺の若い頃は」なんてダサい発言する奴居なくなります。

 

 

同じことが当たり前じゃない。

違うことが当たり前なんだ。

 

だから、お前の若い頃と俺の若い頃が一緒になるわけがない。

それもよりによってシケたオトナに俺の未来を重ねないでくれ。

 

僕は夢と理想に殉じて死にたい。

他人の夢や理想を壊すことで自分を正当化する気持ち悪いオトナには絶対屈しない。

叶う叶わないは別にして夢や理想に向かって歩み続ける。

だから、今が一番最高だから、「俺が若い頃はな」なんて過去の自分で今の自分を表現するなんて有り得ない。

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