それぞれ人生の価値を決める要因。すべての人生が平等であるために。

最近ね、同級生と話す機会が多いんやけど思うんよね。

正直、同級生見下してた。特にずっと地元に留まっている人達。

 

ずっと地元にいると考え凝り固まってるんやろなって思ってたんやけど、違うかった。

 

同級生たちは、いわゆる普通の人生。30で結婚して子供を持ってみたいな。

片や俺は、色んな所に住んで起業もして海外留学もしてみたいな少数派な人生。

 

でもね、全然一緒やった。

んで、「何で全然違う人生歩んでるのに一緒に感じるんやろ?」って考えたんよね。

 

んでわかったのが、「自信」やったんよね。

 

俺もそうやけど、話した同級生も皆、自分の決断に自信を持ってたんよね。

この自信ってのは、虚勢とか見栄とかそんなんじゃなくて、自分の幸せを実現する決断をしたんやっていうこと。

 

 

例えば、俺が起業したのと、同級生が結婚したのは、「幸せになろう」という思いの上で一緒やったんよね。

だから、やってることはぜんぜん違うけど、一緒やったんやって気付いたんよね。

 

自分の人生に希望を持ってたし、自分の可能性を諦めず行動してた。

やけん、一緒に感じたんやなってわかったわ。

 

ほんで、そん時、ひらめいたんよ。

「うわ、これこそ俺の求めてるフェアな世界やん」って。

 

ほら、ネットとか特にやけどうんざりすることあるやん。

「精神的にも経済的にも時間的にも自由になりましょう」ってそんなんばっかやん。

 

でも、これってフェアじゃないというか、気持ち悪い思いがずっとあったんよね。

だって他人の人生を差し置いて、自分の人生だけが正しいなんて、確かに余計なお世話をしてあげたい人らもおるけど、そんなこと言いたくない人らに対して申し訳ないやん。

別に制約があったって、海外のプールサイドでパソコン叩かなくても幸せな人いっぱいおるやん。

農家のお婆ちゃん捕まえて満員電車で通勤させるみたいな感じやん。

 

 

 

やけん何が言いたいかって言うと人生の価値を決めるのって、やってることとか地位とか名誉とか貯金とかじゃなくて、思い1つなんやなってわかったってことよ。

 

相手に「俺は幸せ」っていう思いさえあれば、それは他人には不可侵なものやし、尊重するしかないんよね。

 

だから、皆がそう言ってくれれば、皆がやりたいことをやってて、そしてお互いに尊重し合えるフェアな世界が訪れるよねって思ったんよ。

本当に幸せやったら愚痴や不満や文句も言いようが無くなるもんね。

 

 

人はね、皆幸せになりたいんよ。

 

ほんで、自ら望んで不幸になることなんて不可能なんよ。

だって、極端なこと言うとさ、人を殺すのだって、他人を犠牲にして自分が幸せになりたいからやし、俺は不幸になるんだってした行動って、それも、今ある何らかの悩みから逃れて少しでもマシになりたいからやん?

 

ほんでDVとかパワハラとかあるかもしれんけど、その状況は、幸せになろうと行動した結果やん?

結婚、就職ね。だから、これは幸せになろうと決断した結果が上手く行かんかっただけなんよね。

やけん、ちょっと違うかったな、って頭切り替えてまた自信を持って次行くしか無いんよね。

 

他人はね、、、自分を幸せにしてくれんよ。

幸せは歩いてこんってやつよ。

他人や環境に自分の幸せを求めないことも、皆の人生が平等であるために大切なことやね。

 

 

人生に勝ち負けがあるんやとしたら、それはほんとに、自分の可能性をどこまで信じてるかだけやと思うわ。

でさ、皆100%信じてたら引き分けにしかならんやろ。

やけん、そこで平等が達成されるんよね。

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