どうしようもなく落ち込んでたけど、毎日勝負できると思えば、気が楽になった。

先日、めっちゃ落ち込むことがあった。

ホント理不尽で、もう全部止めたいと思った。

マジで何もやる気が起きんくて、ずっベッドに寝て本読んでた。

俺には、なりたい自分がある。

でも、まだまだ遠いと思う。

だから、毎日頑張って勝ち続けないといけないと思っていた。

でも、それやってると危うく起きられなくなるところだった。

何で起きられなくなったのかっていうと、落ち込んだ日がずっと続くんじゃないかって思ってたから。

でも、「一生」って考えとったんを、「毎日」って単位に直したら楽になった。

一生で勝負するんじゃくて、毎日で勝負するってこと。

もちろん、勝ち負けは自分自身との勝負。

一日を気持ちよく過ごせたら勝ち、嫌な気持ちで過ごしてしまったら負け。

そしたら、「あ、負ける日があっても当然やん」って思えて気が楽になった。

勝負である以上、負けることは当然なわけやから、負けてしまった日でも「まぁ負けもあって当然よね。

明日にまた挑戦すればええわ。」って気持ちを切り替えれるようになったんよね。

どうすれば勝ちなんかは自分が知ってる。

それが実現できるように、次こそは、次こそはって試していけばええんよね。

1年で考えたら365回、2年で考えたら730回も挑戦さえてもらえる。

そして、理不尽な出来事は、有難く練習台にさせてもらえればええんよ。

ラッキー!ぐらいな気持ちでね。

でも、多分、次の一回じゃ上手く行かないから、もっとこっちから欲しがるぐらいで。

そして、理想のリアクションが返せた時、めちゃくちゃ自分が誇らしいはずよ。

それに、今回はめちゃくちゃ落ち込んで辛かったからこそ、その辛さを逃れたくてひたすら本を読んだ。

普段から本は読むけど、普段何気なく読む本と、ホントに悩んでる時に読んだ本って入ってき方が全然違うんよね。

勝って兜の緒を締めよとか言われても、やっぱ背水の陣の時のほうが、火事場の馬鹿力出るよね。

前者は自分でできるけど、後者は完全に環境に依存するもんね。

だから、理不尽でほぼ強制的に負けさせられることは、強制的を自分を成長させる機会かもしれんのよね。

マジで理不尽すぎて強制的に負けさせられる日もある。

でも、時には、なんでこんなに優しくしてくれるんや…って強制的に勝たせてもらう時もある。

負けばっか記憶に残るけど、多分、勝たせてもらってる日の方が多いんよね。

365日毎日が勝負。

勝負である以上、負けがあって当然。

負けにも色んな種類があって、大敗やってある。

365回やったらそりゃ大敗やってする。

立ち直れんような嫌なことがその大敗でも、むしろ、それって当然なのかもしれん。

そしてその大敗は、強制的に自分を成長させてくれるかもしれん。

んで、その大敗は一生続くわけじゃない。

次で取り返さなくても何回チャレンジしてもええから、少しつづ克服していけばええんよね。

こう考えたら、立ち直れた。

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