良い選択なんて存在しない。後悔を生む2つのポイント。

こんにちは~

今日は久しぶりに精神論的な記事を…笑

今日のテーマは、良い選択なんて存在しない、ということについて。

ちなみに、後悔するかどうかのポイントは

1.「頑張れそうな予感がするものを『自分の意志で』選べたか?」

2.「選択に対して「良い選択だった」と言えるよう全力を出したか?」です。

最近、自分の人生について考えていたところ、約一年前に書いた以下の記事にコメントをいただきまして一年前の自分から学んだ次第です。

この前ラジオを聞いとったらさぁ、「今までの人生何点ですか?」って質問があったんよ。 で、質問された方はね、「60点」って答えよ...

上記の記事で書きましたが、良い選択なんて「不可能」なんですよね。

良い悪いが成り立つのは、生か死を問われる時ぐらいで、片方を選択して、死んでしまったのであれば「悪い選択」だと言えるのかもしれません。

でも、もう一つの選択をしていたら「死ななかった」なんて確証は存在しないわけで。

良い選択・悪い選択を決めるのって選択する前にあるのではなく、選択した後にあると思います。

自分の選択を「良い選択だった!」と言えるように、過去の自分の選択に対して全力を出せたか?

こんな風に、選択した未来に良い・悪いが分かれるポイントが存在するんだと思うのです。

だから、選択時には、世間的に「悪い選択」であっても、その後に全力を出せれば「良い選択」になるんです。

逆に「良い選択」も全力を出さなければ「悪い選択」になってしまいます。

僕の人生を振り返って大きな出来事って2つあって、

一つは大学受験を失敗したこと、もう一つは結婚しようと思っていた彼女にフラれたことなんです。

後者のフラれたことは、世間的に見ればネガティブな印象を受けるかもしれませんが、全く後悔して無くて、付き合うことを選択した後からフラれるまでずっと彼女に対して全力を出していたからなんです。

でも、前者の「大学受験失敗」はずっと後悔してて。

なぜなら、大学受験失敗にやさぐれて入学するという選択をしたのに、真面目に勉強しなかったからです。

今改めてプログラミングを学んでいますが、オートマトン、アルゴリズム、線形代数、フーリエ変換とか、また学び直さないといけません。というかむしろ今はすごい学びたいです。

せっかくあの時、チャンスを与えてくれてたのに、過去の失敗に引きずられ、やさぐれて、全力を出せなかった、他の事に逃げてしまった自分を後悔しています。

こういう経験から、僕は、選択というのは、選択したその先で「良い」「悪い」どちらにも成り得る、と思うのです。

そしてそれを決めるのは、選択したことに対して「全力を出せたか?」の問いにYESと答えられるかどうかなのです。

(おわり)と思ったのですが、これだと「過去に選択したことに対して全力を出せてない自分を責める人」が出てきちゃいそうなので、選択前の条件を一つ追加しようと思います。

それは、「頑張れそうな予感がするものを『自分の意志で』選べたか?」です。

例えば僕はサッカーにあまり興味がないのですが、サッカーに関する何らかの選択をしたとします。でも、サッカーに興味のない僕がその選択で全力を出せるわけありません。

そしてサッカーに興味のない僕が選択を迫られる時点で、おそらく何か他人の意図が絡んでいます。

だから、この選択は必ず「悪い選択」になります。

というわけで、例え今の状況で全力を出せてない人がいたとして、それはそもそも「良い」「悪い」を選択する段階ですらないと思うのです。

例えば、就職や結婚などは、すでに世の中の風潮という「他意(常識)」が存在し、その時点ですでに『自分の意志で』選べてないのです。

仕事だって、自分がやりたいことに対して上司や会社の意図と対立するし、意にそぐわない配置転換や転勤があり、これで「頑張れ」と言うのは完全に会社側(経営者)に有利な意図で、フェアじゃないのです。

結婚だって、特に女性なんか出産適齢期や周りの声が大きな意図として存在していて、自分の意志で「結婚しない」「子供産まない」って選択肢を見えない人が大半だと思います。

だから、もし常識に囚われて悩んでいる人が居たら、(超難しいですが)常識を一度おいておいて「自分は何がしたいのか?」と問い続け「やりたいこと」を見つける方が先なのかもしれません。

でも、悩んで悩んで「やりたいことを探す」という選択をした時、それは『自分の意志で』決めたことなので、ここで初めて条件1が満たされ、その後、「全力で」やりたいことを探し続けれ条件2を満たしてやれば、必ず「良い選択」だったと言えるのです。

【補足】

条件1にて予感と書いたのは、「頑張れる約束」なんて存在しないからです。予感という不確かなものに対して「頑張れるだろう」希望を持って選択するしか無いのです。

これぐらいの楽観的姿勢じゃないと一歩は踏み出せないし、踏み出した先にも選択の時は何度もあります。でも、踏み出さないとなーにも起こりません。

(おわり)

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