31歳にして海外大学院に修士留学することに決めた5つの理由

自分が納得することしかできない人間である、と心底わかった。

「自営業になったらもう会社員に戻れないらしいよw」

6年前、当時の彼女に言われたこと。そんなわけないじゃん~俺はフレキシブルな人間よ?って思ってたら彼女の方が正しかったです(笑)

つい先日、5年間自営業をした後に、勤めた会社をわずか7ヶ月で(退職勧告されて)辞めました。

 

会社員と自営業の優劣をつけたいわけではなく、今回の退職で「僕という人間は会社員に向いていない」ということが身にしみてわかりました。

 

今まで協調性とか妥協も必要と思い、その気になれば自分の意見を曲げて譲歩できると思っていましたが、無理でしたw

今回の件をきっかけに、自分はこういう人間なんだと受け止めることにしました。

 

もう自分で食っていくしかない以上、自分の力を高めるしか生きる道がないと覚悟しました。

結果として、31歳になって海外大学院への修士留学を決めました。

 

中途半端に英語が喋れるコンプレックス

僕は3年前にフィリピンに英語留学をしました。

その時は1ヶ月だけでほとんど成果なく帰ってきましたが、そこで海外のクライミング友達ができたおかげで、3年間英語の勉強を続けることができ、今では日常会話ぐらいなら英語を話せます。

 

ただこの「日常会話なら英語が話せる」っていう曖昧な表現がずっとコンプレックスでした。

「話せる」と言ったものの、もちろん日本語みたいに自由に喋れるないし、洋画の字幕なし(ありでも)だと話の内容をキャッチすることができない。

そこで自己矛盾を感じて、自己嫌悪に陥る事がありました。

 

だから、今回この曖昧さをハッキリさせたいという思いがあります。

海外大学院を受けるにあたって、TOFELもしくはIELTSを受験しないといけないのでそこで自分の英語力が数値でわかります。

また、海外大学院で勉強したのであれば、さすがに「話せる」と堂々言えるバックボーンができます。

 

大学受験失敗を取り戻す

僕は大学受験に失敗しています。

「学歴が全てじゃない」という言葉を頼り(逃げ道)にそこそこの大企業入社、起業、M&Aで会社売却など学歴をカバーしようと色んな実績を作ってはみましたが、やはり拭いきれませんでした。

 

もしかしたら、上記のような事で、大学受験失敗を払拭できる人もいるかもしれませんが、僕は色々やったけどダメだったのでやはりもう一度大学に行くしか無いと思いました。

 

昔の記事にも書きましたが、自分の志望校に受からなかったのが失敗というよりか、志望校でなくても志望学科には受かったのにも関わらず、「ふてくされて全く勉強しなかった後悔」が強いのです。

 

いわば「全力が出せる環境に居ながら、全力を出さなかった自分」を悔いていますので、今回幸いにも自営業という自由な身ですので、受験から卒業まで「全力」でやり切って「大学受験~卒業で全力を出さなかった自分」という過去の負い目を払拭したいと思います。

 

学歴は武器になる

今回久しぶりに会社員に戻って思ったのですが、学歴や肩書、実績などの権威性は驚くほど武器になるということ。

僕のブログに辿り着くような、自分で考えて自分なりの結論を出せる人には「マジ?」と思うかもしれませんが、僕が7ヶ月の間に出会った95%の方々がそうでした。

 

僕が悔しかったのは、そういった権威性がないと話すら聞いてもらえず、ナメた態度をとられることが多かったこと。

 

もちろん生きていく分には、95%の人を切り捨ててビジネスをすればいいのですが、しかし、自分が何か大きな事を成したい、もしくは誰かを助けたいとなった時に95%に話すら聞いてもらえないのはかなりキツイです。

 

逆に言えば、「学歴」があり、話を聞いてもらえる土俵に上がれば自分は結果が出せるのか?ということを検証するには学歴が必要なためまずはその資格を手に入れようと思った次第です。

 

自分のために生きていった結果、他人が勝手に幸せになって欲しい

今回勤めた会社は、元銀行員の社長が独立して始めた会社でした。

暖かく受け入れてくれ僕のことも認めてくれていたので、本当に大きくなって欲しいと思い「会社にために」給与も時間もお構いましに自分の持っている全てを提供しました。

ただ、この「会社のため」というのが破滅の原因だったらしく、結局辞めるときには「和を乱す邪魔者」扱いされて半ば強制的に退職という形になりました。

 

会社に勤める前から「他人のため」に関係を作るとおかしなことになる、とこのブログで散々言っていたのに、自分がその結果を招いてしまいました。

 

もちろん、当初は「自分のため」で、社長にも「数年後独立するのでその間修行させてください」と言っていたのです。入社後、数ヶ月経って「あれ?もしかしてこれ自分のためにならないかも?」って何となく感じていました。

ただ、話し相手がいる、給与がもらえる、税金払ってもらえる、などの居心地の良さに甘えて居座ってしまいました。その結果、いつの間にか「会社のため」になっていたのです。

本来であれば、「自分のため」にならないと思った時点でキッパリ辞めるべきでした。

 

自分の内なる葛藤はあれど「会社が大きくなって欲しい」という思いは一貫しておりました。

しかし、結局は「他人のため」に働き、その結果、他人を不幸にしてしまったのです。

 

だから、今回を最後に他人のために生きるのは辞めます。

自分が生きてきたこれまでを精算し、今一番必要と思われる事を「自分のために」行います。

それが海外大学院へのマスター留学です。

 

「他人のために」生きてしまうと、そこに期待が生まれます。

そしてその期待は遅かれ早かれ必ず裏切られます。

だから、自分にだけ期待して自分のためだけに生きればどうなるのか確かめたいのです。

 

希望的観測ではありますが、頑張って自分のためにだけに生きれば、その傍らで勝手に他人が幸せになっていると思うのです。

 

今回の大学院留学を皮切りに、この仮説を実証すべく生きてみたいと考えています。

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