教わるときの学習効果を最大限に高める11の心構え

こんにちは^^

この記事では、自営業開始後の7年間と師事するために使ったお金(合計で約500万)を投資して気付いた11か条を書きます。

色々なジャンルの色々な先生に教えを乞いてきて、また自分が教える立場になって学び方には作法(ルール)があると確信しました。

学び方の作法を知らないうちは何をやっても成果が上がりませんでした。

学び方を知ってから、結果がでるようになり、最近では2020年世界大学ランキング(コンピューターサイエンス部門)18位の香港科技大大学院合格という成果を得ることができました。

 

「先生」という単語がたくさん出てくるので媚びているように聞こえるかもしれませんが、それは間違いです。

どうやったら先生を最大限「利用」できるか、という利己的な視点で書いています。

 

1.プライドを捨てる

プライドがあればあるだけ、学習効果は低下します。

プライドが少しでもあると、つまみ食いするし、先生のことを信じようとしないし、先生に不快な思いをさせるし、楽をしようとするし、先生を使って自己承認要求を満たそうとするなど、今からお伝えする学習効果を低下させるタブーを軒並みやってしまうからです。

 

先生にお金を払う目的は、先生から習得したい知識や技術があるからです。

「うーむ、君は素晴らしい生徒だ!一緒にビジネスをしよう!」なんてパートナーとして認められることでもありません。

 

先生にとって自分は単なる1生徒。ここから外れるとたいてい失敗します。

そして良い生徒とは、先生に媚びへつらう生徒のことではありません。

結果を出すことに愚直な生徒こそが良い生徒です。

 

結果を出すことに愚直であれば、上記で書いたタブー行為は絶対やらないですし、結果的に先生に好かれます。

先生にとって、自分がどんな人間でどんな功績を上げてきたかなんて関係ないのです。

先生にとって重要なのは「結果に対して愚直かどうか」

 

結果を出すためには先生からの教えを最大限に吸収しなければなりません。

このために、まず絶対に必要なの事が、プライドを捨てることです。

 

2.授業料は参加券を買っただけ

いくら費用が高額であろうが、その授業料は参加券を買っただけだと自分を戒めています。

なぜなら、その方が、というかそうしないと、期待していた成果が得られず無駄金になるからです。

 

誰かに何かを教えてもらう時はほとんど高額です。

ですが、いくら高額であろうと、参加させてもらえる権利を買っただけ、と留意しています。

なぜならお金を払って何かを学ぶことは、一般的な買い物とは別物だと思っているからです。

 

例えば授業料が100万円だった場合、そのお金で車でも買えば、お店の方全員が自分に頭を下げてくれます。

 

ただ学びにお金を使った場合は、高額なお金を払い、かつ先生に頭を下げて食らいつくように教えを乞います。

一見、苦行でしか無いんですが、その先には、車とは比べ物にならない達成感が待っていることを知っているからです。

これをもし、お金を払ったから、(車を買うときみたいに)先生が頭を下げて手取り足取り教えてくれる、なんて思っていたら達成感は得られないどころか、学びも自己満足で終わることを知っています。

なぜなら、自己体験としてやってしまったからです。それも何度も。

 

「あ、授業料は参加券なんだ」と思うようにしてから、先生といい関係を築けるようになり、更に学習効果も上がり、望んでいた成果も得ることが多くなりました。

 

3.人柄が好きな人から学ぶ

後述しますが、先生をどれだけ信じられるかが学習効果を決めるので、人柄が好きな人を選ぶようにしています。

なぜなら、先生から何かアドバイスをもらって「こうしなさい」と道を提示してもらったとしても、先生本人の人柄が嫌いだと、提示された道を辿りたくなくなるのが人の性だからです。(少なくとも僕はそうです。)

せっかくお金を払って、結局自分で判断して自分のやりたいようにやるのでは、お金を払った意味がないので「この人が言うなら信じてみよう」と思って行動できる、人柄を好きになれる先生を選ぶようにしています。

ここで、知識や経験は重要じゃないのか?と思う方がいると思います。

これは錯覚しがちなのですが、たとえ世界一の知識を持っている先生の授業を受けたからといってその知識を全部、吸収できません。

 

学習には段階があります。

レベル1の人はレベル100の講義を理解できません。

結局は、先生が提示してくれた道を、自分の時間と労力をかけて辿らなければいけないので、自分より知識が上の先生であれば、まずはその方から学び、物足りなくなったら初めてその時、更に深い知識を持ち、人格が好きな先生から学べばいいと思っています。

むしろ最初から仙人のような人を選んでしまうと話を聞いて、高尚な気分になって自己満足で終わる場合が多いので自分より2・3歩、先を行っている先生を選ぶ事がむしろ正しい思っています。

 

4.先生の言うことは99%信じる

先生の言うことを信じたパーセンテージが自分へのリターンとなって返ってきます。

100%でないのは、最初から全部信じると決めてたら自分で考えることを放棄した単なる信者だからです。

 

先生からアドバイスをもらったとき、たとえ耳が痛い言葉でも、納得できない言葉でもまずは信じることを大切にしています。

 

先生を疑う前に自分を疑います。

なぜなら、自分の中の何かを変えたくて教えを乞いているわけです。

今の自分には受け入れがたい違和感を受け入れる必要があるわけです。

それが、先生からの教えです。

ここで違和感を受け入れることを拒んでは、自分を変えることはできません。

 

先生を信じたパーセンテージが自分へのリターンに繋がります。

先生を信じようとする行為は、自分の学びの効果を最大限に高めようと努める正しい姿勢だと思います。

 

ただし、ここで気をつけなければならないのが次で述べる「つまみ食い」という行為です。

個人的に先生を信じる度合いが80%で教えの1割ぐらいを享受できて、それ以下は無駄とさえ思います。

 

5.つまみ食いしない

先生を信じようと努めることに関連して、先生からもらったアドバイスを自分勝手に取捨選択しないようしています。

僕は、先生のアドバイスを自分勝手に取捨選択することを「つまみ食い」と呼んでいます。

 

つまみ食いをすることは、自分で自分にアドバイスしているのと同じです。

すなわちお金を払って教えてもらっている意味がありません。

 

先生は、自分が今から通ろうとする道を、当然既に通っています。

先生がした失敗を繰り返さないよう俯瞰的な視点から自分にアドバイスをくれます。

100%理解できないほうが当たり前です。

 

つまみ食いすることで、先生のアドバイスが全く違うものになります。

抽象的な話になりますが、絵の具を混ぜてある色を作ることを想像してください。

先生が「赤と青に少し白を混ぜなさい」と言ったのに、白を混ぜなかったり、ましてや黒を加えたりしたら全く出来る色が違うのはすぐわかると思います。

学習においてこれをやってしまったが最後、先生の教えはすでに全く違うものです。

正直一口でもつまみ食いしたら「終わり」とさえ、今では思います。

 

6.楽しようとしない

誰かに師事することは脳のパーソナルトレーニングだからです。

正しく努力するために師事しているのであって、努力する時間を削るためではないからです。

 

学習において楽することは無意味です。

 

そして、先生はそのことを見抜いています。

経験上「あ、この人楽をする人だな」と先生に思われてしまう事は、先生から最大限の教えを引き出す上で、不利益になります。

 

パーソナルトレーニングは言い得て妙ですが、的を射てると思います。

トレーナーから正しいトレーニング方法を聞いても、自分が身体を動かさない限り、何の成果も得られません。

実際のトレーニングだけでなく、普段の食生活やトレーニングに対する心持ちが大切なことも理解できます。

 

学習についても、筋トレと同じ枠組みで捉えています。

辛く苦しい先に、ほんの僅かな報酬が待っているのです。(胸筋が1cm大きくなった、体重が100g減ったなど)

このサイクルを積み重ねて、次第に大きくなるしかなく、いきなり大きな成果を得ることありえないと思っています。

 

7.先生に不快な思いをさせない

先生に嫌われてしまうと、先生から教えを最大限引き出せず学習効果が低くなるからです。

これは先生に媚びるわけでも、ペコペコお世辞を言うわけでもありません。

お金を払った目的、すなわち先生から知識や技術を習得するために必要な作法だと思っています。

 

先生を不快にさせない具体的な言動としては以下のことを心がけています。

・きちんと挨拶する

・先生の話を途中で遮らない

・先生の間違いを指摘しない

・先生を否定しない

 

特に、挨拶はできない人が多いので、目を見てハキハキ挨拶するだけで先生の心を掴めます。

また、たとえ先生が間違っていたとしても、自分の心のなかで訂正して受け止めれば良いのです。

 

8.自己承認要求を満たそうとしない

先生から引き出したいのは知識や技術であって、今まで自分が頑張ってきたことへの承認ではありません。

お金を払った以上、確かにこちらに気を留めてくれるのですが、そこに甘えないようにしています。

確かに、先生に自分の功績を伝え、先生から「凄いですね」と言われたいのです。

それはお金を払ってでも教えを乞いたい「凄い人」から承認されたってことですからね。

 

でも、この行為がが何にもならないどころか、むしろ先生を白けさせてしまうと知ってから止めるようにしました。

 

繰り返しになりますが、師事する上で大事なのは先生から知識や技術を最大限引き出し、投資効果を最大にすることであり、それ以外の事は余計な事だからです。

 

9.自分ができることを全て完了してから質問する

必ず何らかのアクションをしてから質問することを心がけています。

なぜなら、自分ができることを残して質問しても、先生からその指摘を受けることは明らかだからです。

 

質問する前に「自分ができることを全てやったか?」と自問自答してから質問するようにしています。

 

具体的に言えば、質問する前にググったか、自分の頭で考えて手足を動かして自分なりの結論を出したか、などです。

頭で質問を思いついても、その段階では質問せず、必ず手足を動かして、何らかの結果を経てからそれを元に質問します。

 

例えば石橋を叩いて渡るという言葉がありますが、最低でも石橋を叩いてから質問します。

「この石橋壊れそうなんですけど渡ったらヤバいですかね?」ではなく、「この石橋を叩いてみました。反響音も重く、ヒビも確認できないので渡ろうと思います。他に観ておくべき点はありますか?」と具体化して質問します。

 

自分が手足を動かした量に比例して先生からの回答の質が高まります。

だから、自分でできることは可能な限りやった後、質問をするようにしています

 

自分のアクションなく最短経路や正解を探すような質問は、無意味です。

 

自分の実体験なく正解を聞いたところで、結局腑に落ちること無く結局失敗してしまうからです。

むしろ、失敗しないといけないと思います。

先生も失敗を重ねてきたから今があるわけであって、生徒である自分が失敗なしに物事を上手く進められるはずがありません。

必然的に起こる失敗イベントは、神様からの恩恵ですので、享受すべき絶好のタイミングです。

 

アクションなき質問は楽をしようとしていることなので先生から見限られ、学習効果を最大限に高めるという目的から遠ざかってしまうからです。

アクションが無いと、質問は抽象的になります。

先生は答えづらいし、自分は回答をきいてもピンと来ないので双方にとってデメリットしかありません。

 

10.考え方を学んでコスパを最大にする

先生の物事に対する考え方は、師事する期間が終わってもずっと使えます。

反対に、知識や技術は陳腐化する可能性があります。

 

前述した通り、人間の能力は本来、差がありません。

ただ物事に対する姿勢が違うと結果が違います。

その積み重ねが今、先生との差となって現れています。

 

知識や技術は最悪、本などから学べますが、考え方はそうはいきません。

すなわち、今、目の前の人からしか学べない「希少性」と、一生使えるという「持続性」を考えると考え方を学ぶのが一番コスパが良いと思います。

 

11.遠慮なく切る、そして過ちを受け止め、今後の先生選びに活かす。

これまで先生先生媚びるような事を言ってきましたが先生からの教えを最大限高める努力をしつくしてそれでもダメだと思ったら遠慮なく切ります。

これ以上、時間を無駄にしないためです。

こちらもいつでも切れるという手札がある以上、フェアな関係だと思います。

 

でも、切ることになった原因は必ず自分に求めます。

たとえ先生がどんな嫌なやつだったとしても、それを選んで申し込んだのは自分だからです。

ここで自分の責任にしないと、「理想の先生」を探し続けて人生を終えることになるからです。

 

いろんな先生にいろんな事を教えてもらって気付いたのですが、魔法を教えてくれる先生は絶対に居ません。

結局は、自分で手と足と頭を動かして愚直に行動するしかありません。

 

究極的に言えば行動し尽くせば必ず結果は出ますし先生に追いつけます。

それでも、先生が必要なのは時間・お金・精神力のような「制限」があるからです。

時間は限られていますので、自分の力で先生の位置に辿り着こうとしたらもしかしたら来世の終わり頃になるかもしれません。

時間が必要なので、働くのをセーブして時間を作ったらお金が足りなくなるかも知れません。

いくら時間をかけてもでない結果に焦り、誰も助言してる人が居ないので諦めてしまうかもしれません。

 

だから、制限の中で結果を出すために、先生が必要です。

しかし、どんな先生から学んでも、上記で書いたような学びの作法を身に着けていない限り、学習効果は低いものになります。

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