人と比べてしまう自分を少し止められた考え方

完全にポエムやけど、大切なことだと思うので書き記しておく。

 

最近、留学への不安だったり日常でのゴタゴタが重なって気分が落ち込んでる。

そこで、気分を上げるために、自己啓発的な内容の媒体に目を通してるんやけど、そこで語られている志高く生きることが人を不幸にしてるんじゃないかなって思った。

 

まず、自分が死なずに自分の人生を生き抜くこと。

志の高い生き方を目指す前に、これが大事なんじゃないかなって思う。

人を助けたり、社会に貢献するのは、自分の人生を生き抜く寄り道として考えた方がええと思う。

 

だって、普通に生きていくだけでも相当難しいやん。

普通に生きてるだけなのに、「あーこの人生やめたい」って思ったことある人多いと思うんよね。

それなのに、ただでさえ難しい「死なずに生きる」って課題を通り越して、更に難しい、てかオプションでしかない、他人を助けるとか社会に貢献するとか掲げるからしんどくなるんじゃないかな。

こうなってくると、あの人に比べて自分はまだまだだ、とか人と比べる事をやめれんよね。

 

死なずに生きる。

 

一難去ってまた一難、死ぬまで悩み続ける事を強制されているような世界に自分の意志関係なく召喚されてさ、普通に生きるだけでも結構な無理ゲーやと思うんよ。

 

 

 

 

最近思うんやけど、幸福度って事の大小じゃないと思う。

 

どういうことかというと。

 

浜崎あゆみが満員の武道館でライブしたり、

イチローが年間300本安打を達成したり、

ビル・ゲイツが社会問題を解決したりすること、と

 

俺が誰に認められるわけでもなく勝手に海外大学院に留学することって一緒の幸福度やと思う、ってこと。

 

人生はその人が最も幸福に生きられるルートが予め設定されていて、その通りに歩めば、一番幸福を感じて死ねるように設計されてると思うんよね。

こう考えるようになってから、人と比べるのが少しおさまった気がする。

 

自分の話で言うと、海外大学院留学っていう経験は確かに珍しいけど、少しツイッターで調べれば、次元の違うレベルで海外に留学してる人なんて山程いるわけ。

誰か忘れたけど、灘高校から東大からMIT大学院に進んでお金貰いながら宇宙航空学んで、しかもイケメンで、更に自分でビジネスもしててっていう目を覆いたくなるような人が居た気がする。

 

でも、これって言った通り「次元」が違うんよね。

どっちが凄いとかそういう話じゃなくて、全くの異世界ってこと。

 

抽象的な話になるけど、周りを見渡せば確かに目に見えてたくさんの人がいるけど、実は皆、シャボン玉の中で暮らしてると思ってる。

一つの同じ世界を共有してるようで、実は皆シャボン玉と中で自分だけの世界を生きてるだけで、それらは完全に異次元。

で、各々のシャボン玉の世界には、中の人が最も幸せに歩めるルートが設定されてある。

ただし、他のシャボン玉が見えるもんだからって他のシャボン玉に触ろうとしたりすると、それをすればするほど、幸福度は下がる。で、あまりにひどいと破裂する、と。

 

普通に生きてる人がかっこ悪いとなんて全然思わんよ。

でも、そこに言い訳したり文句言ったりしてる人はホントかっこわるいと思う。

 

だから、例え、自分が誰の役に立ってないと思っても、自分のことで精一杯やと思っても、他のシャボン玉を触ろうとせず、この一歩が自分の最大の幸福に繋がってるって信じて歩める人がかっこええと思う。

というかそうしないと、永遠に幸福になれんと思う。

 

結果的に、自分に用意されたルートが、「死なずに生きること」だったとしてもええと思う。

歴史に名を残すような偉人の人生でも、孤独に隠居生活を送るような人生でも、自分の人生を生きたという点では平等やし、自分の人生を生きたという確信度合いが同じなら、その幸福度も絶対一緒なんやから。

 

とりとめのない話になったけど、やっぱり目の前の事から逃げず、辛いことや困難も受け止めながら、これが自分にとって最高に幸せな人生なんやと信じて歩を進めるしか無いと思う。

んで、死ぬときは死ぬ。

でも、それが自分が歩むことのできた最上の人生やったんやって、自分の道をちゃんと歩んでこれたなら、その時、思えると思う。

 

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